5月22日、朱雀放浪記の続編のつもりで、
平安京の玄武こと船岡山へ出かけました。
天気が心配でしたが、なんとか曇りの天気予報でした。
地下鉄北大路駅で下車し、市バスを乗り継いで目的地へ向かいます。

最初に船岡山へと足を向けましたが、
その前に、船岡山の中腹に鎮座している建勲神社 へお参りしました。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

建勲神社は、豊臣秀吉の意思を継いだ明治天皇が織田信長を祀った神社です。
比較的新しい神社ですが、この地は古から聖地でした。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

前に一度お参りした時には気付かなかったのですが、
重要なお社がありました。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

船岡山の地神、船岡妙見こと玄武大神を祀る社です。
玄武大神の大元は国常立大神ということです。
そして玄武神というのは水神であり亀さんだということです。

しかし、残念ながらここは柵がしてあって入れませんでした。
しかもあまりお掃除が行き届いていないご様子・・・


遠くからお参りして、船岡山の頂上を目指します。


船岡山は100mちょっとの低い山です。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )
いろいろと目を引く数字が並んでいますが・・・

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )


船岡山は、平安京の玄武として北を守り、
この地を基点に都が設計されました。
しかし、それ以前より聖地として信仰の地だったようです。
これがその磐座としての祭祀跡だと言われています。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

ここから南に向かって朱雀大通りが通っていました。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

今は木々で見えません・・・
だけど、ほかの方面は見通しが良いです。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

ここで、思わぬものを見つけました。
秦氏の聖地で双ヶ岡 という岡があります。
これは、福岡県の秦氏の霊山香春岳 のように三連の山です。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )
そのうち双ヶ岡を含めた秦の地放浪記を考えていたので、
その姿を見たときは、おおおお!と思いました。

本当に船岡山て土地の気がほとばしるパワースポットかもしれません。
なんとも心地よい気分になります。
下界では曇り空に、時折ポツポツと雨が落ちてきていたのに、
頂上は晴れていました。
いつまでも佇んでいたい気になりましたが先に進みます。


船岡山の北に今宮神社 があります。
そこへ歩いてお参りに行きました。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

予想以上に感じの良い神社でした。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )
境内に入ったとたん、今日はここへ来るために来たのかもしれない。と思いました。

今宮神社は、平安京建都以前よりこの地に存在していた疫神を祀る神社を船岡山に創建したのが始まりとされ、その後、今の地に移されたそうです。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

本殿の祭神は大己貴命、事代主命、奇稲田姫命です。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )
背中に船岡山を感じながらお参りしました。

その横には、素盞鳴命を祀る疫社があります。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

どちらも立派なお社です。

他にも沢山のお社があります。
例えば織姫社

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )
赤松が印象的でした。

詳しくは公式サイト を参照ください。

中でも一番、気になったのは、月読社です。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

それと、そこと夫婦のように祀られているような気がした地主稲荷社でした。

七色堂(柚子房 壽のホームペイジです。 )

何にしてもここのお社は全て素敵でした。

もう少し長居したい気持ちを抑えて立ち去りました。

この日、最後のポイントは神泉苑です。
神泉苑は朱雀放浪記の最後の地でもあります。
雨乞いの霊現あらたかな龍神様を祀っているだけあって、ここに着くと雨が降ってきました。

一通りお参りしてから京都駅に帰り、
お昼ごはんを食べていなかったので、
遅いランチを食べました。


今年の正月に受信した、
「亀と太陽のメッセージがきてる。船の付く地名も気になるよ」
のメールが甦ってきました。
正しく玄武(亀)の船岡山でした。

では!