※作品評価は

◎=おもしろい ○=ふつう △=う~む ×=よくない 珍=珍作

 

6月後半のNHKは13本。前半と合わせて28本。上半期では152本と、ほぼ昨年並みのペースですが、これからパリ五輪などスポーツ枠が増えることを考えると夏は本数が減るかもしれません。

とにかく異常だったのは6月29日(土)30日(日)の2日間。7年前に放送された(時評では対象外の)『アイヌ ネノ アン アイヌ』再編集の放送も含めると非常にハイレベルな作品が立て続けに放送され、頭がついていかないほどでした。その中から年間ベスト級作品が3本も。

 

ただ、それらに引けを取らないほど力強く、今季一番の感涙作品となったのは、千葉の流鉄流山線沿線で撮られた“小さな旅”『彩り電車 きょうも走る』

 

 

冒頭、沿線の日常を色濃く反映した走行カットから運転台へ。そして歩道橋上ではしゃぐ小学生たちの下を流鉄が走るカット…という見事な流れで心をつかみ、そこから様々な人とのかかわりの中に存在する流鉄をクローズアップしていき、ひたすら素晴らしい文字通りの“神回”でした。やっぱり映像の中の“色”は大切な要素ですよ…

 

特に、まるで絵コンテのような運転解説書を色鉛筆で自在に美しく描く運転士の原聡詩さんを追うシーンのワクワク感。キレのよいブレーキ技術まで逃さず映しているのは大きなポイント。24歳にして悟りを開いたかのような雰囲気がにじみ出ていて、原さん、明らかに只者ではない…

 

一昨年の安部元首相銃撃事件をきっかけに始まり、7回目を迎えて再び内容の深さに唸らされたのが“こころの時代”『「宗教と政治」 宗教は「分断」をもたらすのか』

 

 

イスラエルとシオニズム、パレスチナとハマース、アフガニスタン、アメリカのキリスト教福音派…、ほか世界の宗教と政治の関係についてなどなど、いかにメインストリームのメディアで的外れな議論やオピニオンが日々垂れ流されているかを痛感する。全編文字起こしして読みたいほど。

 

今回、特にポイントとなるのは同志社の内藤正典教授によるトルコとアフガニスタン、東大の伊達聖伸教授によるフランスのライシテに関する内容。内藤教授が説明した、タリバーンがなぜ選挙・民主主義を否定するかという話は、月曜日に放送された映像の世紀『ワイマール ヒトラーを生んだ自由の国』とそのままリンクしている。自由と平等に沸いたワイマール憲法下のドイツがなぜあっという間にファシズム・暴力国家となったのか、タリバーン幹部の方が理解しているのではないか。

 

現在進行中のイスラエルによるガザ攻撃は完全に論外の悪行だが、静岡県立大の宮田律教授が“自衛隊のOBでさえ宗教戦争という認識なのか”と驚いていたように、ネット上では非常に短絡的かつ無責任な映像・論説のシェアリングが横行しているので、関心がある人は(できれば無い人も)今週末の放送も含め、最低限これは見るべきではないだろうか。

 

ETV特集『死亡退院 さらなる闇』は、2023年2月に放送されて大きな話題となった『ルポ 死亡退院』の続編。昨年の放送以降、第三者委員会・虐待防止委員会による検証や都による指導が入るものの、状況は全く改善せず転院ができず死亡する人もいる実態を映していく。

 

 

今回は調査委が医療行為の内実に触れなかったことが反響を呼んでいたが、結局、“医療事故”として患者や家族が告訴しなければそこについては何も問えず、結局は院長の代わりもいない“最終処分場”としての滝山病院の地位は揺るがない…という絶望感にあふれたエンディング。都庁を映す際、話題のプロジェクションマッピングの光景を出すのが何とも皮肉。このあと(3日深夜)再放送されます。

 

そして「これをNスぺでやるのか!」と驚いた、『法医学者たちの告白』

 

 

今年度に入ってNHKスペシャルは非常に振れ幅が大きく、前週の『ニッポン観光新時代』のように“日曜討論”と連動させた国策宣伝作品を流したかと思えば、このような本来ならETV特集で出しそうなスタンスが真逆の作品を出したりもする。

 

 

千葉大学法医学教授の岩瀬博太郎氏。薬物犯罪の専門家で、袴田事件の“血付き衣服”の鑑定人でもある旭川医科大学の清水惠子教授。東大名誉教授の吉田謙一氏。岩瀬・吉田両氏と同じ東大法医学教室出身で、ホノルル監察医事務所で所長を務める小林雅彦氏。4人の仕事から、通常のニュースでは知りえないレベルで法医学、更には今市事件の内幕を知ることができるのがとにかくすごい。

 

岩瀬氏が発する「裁判という場では科学は編集できる」「なんだ、この国って思いますよ」という嘆きにも近い吐露。吉田氏の「裁判は事実認定の場であることをほとんど無視した非常にひどい…中世並みの暗黒裁判と言われるのももっとも」という言葉は日本の司法・裁判システムのひずみをストレートに表していて、更には“安く早く解剖してほしい”という国・警察の要望は国立大学の経営・法人化問題とも関わってくる。

 

そして「この内容、映画『正義の行方』とも根幹でつながっているし、何だかスタイルも似ている…」と思いながらエンドクレジットを見たら、何のことはない。その『正義の行方』監督の木寺一孝さんがディレクターでびっくりしました…

 

この科学と司法、政治の関係についての問題、原爆裁判を扱うであろう朝ドラ『虎に翼』8月編の内容にも関わってくると思います。これから『正義の行方』を観る人も、『虎に翼』を観る人も、この『法医学者の告白』を見ればより考えが広がることでしょう。

 

他、話題作だった礼文島の老漁師が主人公の“Dearにっぽん”『海獣のいる海』ももちろん悪くなかったし、香川・三豊市が舞台の“小さな旅”『宝の浜 きらきらと』もよい作品でした。先日香川に行ったときはそうめん・醤油に着目したけど、ここに出てくる通り酢と塩も魅力的で…。“仁尾酢”が欲しくなりました。

 

 

 

一部で評価が高かったものの、個人的には映像のつくり~特にイメージカットのつくりや色使いの安っぽさが気になってあまり乗れなかったのが、沖縄慰霊の日に合わせて放送された北海道局の『北海道兵、10805人の死』

 

 

民放編でも書いた通り、これも整音が悪いためか、全編に渡り語り・ナレーションが聞きづらいのが難点で…取材内容はとても興味深いものの…

 

もう一本の話題作。一昨年放送された“クローズアップ現代”の長尺版でもある“NHKスペシャル”の『オンラインカジノ 底知れぬ闇』

 

 

水原一平事件から一気に表面化した、今や誰でも気軽にできる“オンラインギャンブル”の負の側面と依存症の実情に切り込んでいくのだけど、ぼかし入りで出てくる素材だけでなく、作中の説明図のイメージカラーがまんま“ベラジョン”なのには笑うしかなかった。CMに出演していたサッカー日本代表の吉田麻也の姿もほぼ丸わかり。

 

後半はマルタに行って日本人バイトが関わる運営の裏側にも迫る…のだけど、重要な掘り下げポイントはそこではなかった気が…

 

むしろ、上記のように吉田麻也を起用した“ベラジョン無料版”CMを「グレーゾーンだから」とバンバン流し、有料版への誘導に大貢献した民放BSチャンネルやラジオ局など、放送業界の責任の重さを先に問うべきだったのでは。そもそも、民放の上層部・幹部もあのCMが何だったのか理解していない気がする。

 

そして全国各地でIR建設が議論される中、実はもうオンラインカジノが大衆にも浸透して依存症患者がそこかしこにいるのに、与党も野党も政治家たちはそれに気付かず現実と乖離した議論や無駄な投資を進めようとしていること…

 

まあ、じき公営オンラインカジノをやろう…という話になるのでしょうが。

 

ちなみに我が家ではあのCMを見て以来、吉田麻也が出るたび“ベラジョン吉田”と呼んでいます。

 

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