3月の民放は14本。うち東日本大震災関連作品は4本、2次大戦関連の作品が3本と、テーマが明確な作品が目立った。

しかし…全く意外な伏兵だったのが、長崎と大分だけでしか放送されなかったらしい『庵野秀明展 完全密着メイキング』。タイトル通り、大分県立美術館で開催されている庵野秀明展のドキュメンタリー。

 

最初、どうせTOSのプロモーション作品か…と思って期待薄で見始めたら…

 

え…?あれ…?…これ、ガチオタ作品じゃ…。

 

作り手もガチガチのマニアとしか思えない視点の構成で、かつ撮り方は自主映画感たっぷり、編集・カットのつなぎ方や人物の見せ方は疑似『シン・ゴジラ』という、とんでもない作品だったのだ…。

 

庵野監督本人の登場こそないものの、DAICON FILMのメンバーでエヴァのタイトルデザインも担当した現グラウンドワークス代表の神村靖宏氏などなど重要人物が続々と登場するし、怒涛のようにカットを積み重ねて見せるスタイルはこの企画展示そのまま。

 

しかも29分間CM一切なしで、制作はTOSじゃなく長崎のケーブルテレビ局。ディレクターもどうやらフリーランスの人らしい。

 

音楽や各作品の権利処理は大変だと思うが、これはテレビはもちろん、熱海の怪獣映画祭などで流せば大喝采になるはず。こういう作品が突発的に出てくるから、この時評もやめられないんですよ…。

 

もうひとつの年間ベスト級作品は、QAB琉球朝日放送の『戦没者を二度殺すのか』

 

 

沖縄戦戦没者遺骨収集団体「ガフマヤー」の具志堅隆松さんをメインに、多くの遺骨が眠る沖縄県南部の土を辺野古の埋め立てに使う事の反人道性と矛盾を強く突く強烈な一作。

 

具志堅さんの一途な情熱と怒り、遺族の人々の国に対する不信、靖国神社に集まるような人々こそこの土を使うことに抗うべきじゃないか…という強烈なメッセージを突き付けるラスト。防衛相も厚労相も、総理も、なぜこの人たちの声に向き合おうとしないのか…。

 

東日本大震災関連作品で最も印象的だったのは、KFB福島放送の『家族になった被ばく牛 ~11年目の決断~』

 

 

主人公の池田美喜子さんの心中、察するに余りある…としか言えないほどの気持ちが溢れている。

 

家畜である以前に牛はひとつの命であって、それを忘れた人間の卑しさが震災・原発・放射能というキーワードを凌駕するように心を刺してくる。死んだ牛をクレーンで吊り上げて土葬しようとするシーンの強烈さ。これも震災11年目の確かな現実。

 

3月に原爆ドキュメンタリー?と思われるかもしれないが、被爆者の代表でもあった故・坪井直さんの追悼作品が広島テレビの『あきらめない 被爆者・坪井直の遺言』

 

 

オバマ大統領の訪広時に抱擁したことでも知られる坪井直氏。昨年11月に広島県内で放送されたものに、ロシアのウクライナ侵攻を絡める編集が加わっているのは、ディレクターの見事な決断。

 

この坪井氏のバイタリティーと行動力、しゃべりの見事さには感服するばかり。これを見ると25年アメリカを恨み続けた、しかし今は謝罪を求める気持ちはない…という気持ちの変遷も理解できる。“被爆者”が年々少なくなる中、これを引き継ぎ続けるには映像の力が不可欠だとも思わされる。

 

3月、驚かされたのは熊本の3放送局から会心の作品が立て続けに出てきたこと。

 

RKK熊本放送の『異国の地で ~ベトナム人実習生はなぜ罪に問われたのか~』は、かなり報道・ニュース映像よりの作りではあるものの、スタッフの「彼女たちのことを撮って世に出さなければ」という意気を強く感じられる。

 

 

主人公は実習中に妊娠、双子を死産したことで死体遺棄の罪に問われたベトナム人実習生のレ・ティ・トゥイ・リンさん。

 

彼女をはじめとする熊本県内の様々な実習生の様子と声を伝え、過去作と同じく、技能実習は本当に監理団体・受け入れ先次第のギャンブルだ…という感想しか出てこない。地裁判決より高裁判決はまだ状況を酌量したものだったとは言え、これで懲役刑が課されるのはあんまりだ。

 

TKUテレビ熊本の『声なき語り部の聲』は、玉名在住で戦後生まれながら2次大戦の戦争遺構や戦争体験を後世に残そうと活動する高谷和生さん。

 

 

さすが徳永PD作品。今回も、地味ながらもジワジワと目が離せなくなるドキュメンタリーに仕上げている。熊本にまだこれだけの遺構があったことに驚くとともに、八代での墜落捕虜処刑事件などにも触れ、観ているこちらも大戦遺構を実際に歩き回っているかのような気持ちにさせてくれる。

 

そして、3月末に各紙で一斉に報道があった「赤ちゃんポストに預けられた」青年のドキュメンタリーが、KAB熊本朝日放送の『告白 ~僕は「ゆりかご」に預けられた~』。新聞ではなかなか伝わりづらい本人の人柄の素晴らしさが溢れている、テレビならではの作品。

 

 

3歳で慈恵病院の「コウノトリのゆりかご」に預けられ、今は里親と養子縁組を組んで生活している高3生の宮津航一さんと両親の美光さんとみどりさん。

 

ゆりかごに預けられた時のことも追いつつ、それ以上に高校陸上選手として活躍し、こども食堂も開き、今春からは熊本県立大学に進学する航一さんの今と、本人の魅力に寄り添った映し方がとても良い。

 

完全にアスリート型の立派な体格に、老成した声。豪放さと繊細さと行動力を備えた航一さんと、それを温かく見守る周囲の人々。その清々しい姿にこちらも思わず笑顔になる。見逃した方はぜひネットで。幸せな気持ちになる一本です。