こんにちは、令和の星ブログの読者の皆さん。今回は、6月12日にぜんそくのために亡くなられた落語家の桂ざこばさんについてお話ししたいと思います。ざこばさんは、上方落語界の重鎮であり、テレビやラジオなどでも活躍されていました。関西の著名人としては、今年亡くなられた槇文彦さんややしきたかじんさんに次いで、年齢的にも若い76歳でした。ざこばさんのご冥福をお祈りします。

ざこばさんは、1947年に大阪市に生まれ、1963年に桂米朝さんに入門しました。桂朝丸という名前で修行を積み、1975年には日本テレビのワイドショー「テレビ三面記事 ウィークエンダー」にリポーターとして出演しました。歯に衣着せぬ物言いと愛嬌のあるキャラクターで人気を集めました。1988年には二代目桂ざこばを襲名し、上方落語を代表する噺家として高座に上がりました。人情噺「子は鎹」「笠碁」などを時に涙ぐみながら演じ、聴衆を感動させました。また、2008年には大阪・西成区に寄席の動楽亭を設立し、自ら席亭となり、落語の普及や若手の育成に尽力しました。2017年には芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。

ざこばさんは、テレビやラジオでも多くの番組に出演し、関西の笑いを全国に発信しました。特に、関西テレビの「痛快!エブリデイ」では、長年にわたりレギュラー出演し、時事問題や身近な話題について率直にコメントしました。ざこばさんの最近のテレビ出演は、2021年2月28日に放送された読売テレビの「そこまで言って委員会NP」でした。この番組では、政治や社会の話題について自らの意見をぶつけるコメンテーターとして活躍しました。

ざこばさんは、コメンテーターとして喋る時と、落語を喋る時で、しゃべり方の流暢さが変わるという特徴がありました。これは、関西在住の人であれば昔から知っていることですが、ざこばさんは、落語を喋る時は滑らかに話すのに対して、コメンテーターとして喋る時は、言いたいことが多すぎて、言葉が詰まったり、間違えたりすることがよくありました。しかし、それがかえって親しみやすさにつながり、視聴者の共感を得ていました。

ざこばさんは、落語家としても、タレントとしても、関西の笑いの伝道師として、多くの人々に愛されました。ざこばさんの死去に対して、ネット上では、悲しみや驚きの声が多く寄せられました。ざこばさんと共演した芸能人や落語家からも、追悼のメッセージが発表されました。桂米朝の長男で落語家の桂米団治さんは、「私が幼稚園に通い出した時に入門されたのが、ざこば兄さんでした。噺家になってからも、私の考え方がおかしいと思われた時は容赦なく叱ってくださいました。まだまだ追いつけませんが、お兄さんの教えを受け継いでまいります」としのんだ。関西テレビの関純子アナウンサーは、「ざこばさんなしでは、エブリデイを語れないぐらい、ずっと出ていただいていて。裏表がない方なので、いろんな時事問題とかおしゃべりなるときは、心の底から怒ったり、感情を出したりなさったと思いますね。ざこばさんには天の上で、思いっきりざこばさんの落語をやっていただきたいですね」と語った。

ざこばさんは、上方落語界の重鎮であり、関西の笑いの宝でした。ざこばさんのご冥福を心よりお祈りします。ざこばさんの笑顔と声が、私たちの心にずっと残ります。ざこばさん、ありがとうございました。

さて、令和の星ブログを運営するアルネオソフトウェア株式会社から、皆様にお知らせがあります。私たちは、エンジニアを募集しています。『プログラミングが理解でき、それを楽しめるなら、その力を発揮できる場所がここにはあります。』アルネオソフトウェアでは、Java、PHP、C#などの言語を使い、新しい価値を創造する熱意ある方を歓迎します。大阪市西区に拠点を置く当社では、経験は不問です。プログラミングに興味があり、基本的な知識や技術を学んでいる方々にとって、当社は理想的な場所です。コミュニケーションスキルを伸ばしながら、技術者としての自信を構築できる環境を提供します。

アルネオソフトウェア株式会社は、尼崎市発祥で尼崎創業時代の精神を大切にしながら、地元の価値を尊重しています。新卒の積極的な採用も行い、長期的なキャリア形成を支援します。興味を持たれた方は、ぜひアルネオソフトウェアのキャリアページを訪れてください。私たちと一緒に、技術と創造力で未来を切り拓く仲間を募集しています。あなたの才能をここで輝かせてみませんか?

それでは、今回はこの辺で失礼します。次回も令和の星ブログでお会いしましょう。ありがとうございました。