採用という営みを振り返るとき、いつも思うのは、
「人を見る」という行為の難しさと、それでもなお向き合い続けるしかない現実です。

 

現場感覚で言えば、
面接も含めた総合判断でのミスマッチは5〜7%、多くても10%以内に収まることが多い。
 

適性検査で見抜けなかったケースは、さらに少なく1〜2%程度。

ここまでは、「人を見る努力」が機能している状態です。

 

しかし一度、採用基準を下げたり、
適性検査や自分の中にあった違和感を無視した瞬間、
そのバランスは一気に崩れます。

ミスマッチは30〜40%まで跳ね上がる。

この差は、スキルや制度の問題ではなく、
「どれだけ誠実に人を見ていたか」という姿勢の差だと感じています。

 

 

ただし、現場は常に理想通りにはいきません。

どうしても人が必要なタイミング。
 

逆に、余裕があり「この人を育てきる」と覚悟を持てるタイミング。

そうした状況の中で、判断は揺れます。

 

揺れること自体は、組織が生きている証拠です。
ただ一つ言えるのは、「違和感を無視した採用」は、後で必ず歪みとして現れるということです。

 

では、どうすればその精度を保てるのか。

一つの答えは、「誰が見るか」ではなく、
**「どんな視点で見るか」**にあります。

 

面接官は、複数人で見る方がいい。
ただし、同じタイプの人を揃えても、精度は上がりません。

 

むしろ重要なのは、あえて“ズレ”をつくることです。

例えば、

感受性が高く、人の温度や違和感を感じ取れる人。
 

そして、冷静に事実を分析し、構造として判断できる人。

この2人が並ぶことで、初めて見えてくるものがあります。

 

さらに言えば、このバランスが一人ひとりで十分に担保できない場合、
面接官が3人になることもあります。

 

感受性に強みがある人、分析に強みがある人、
そしてその間をつなぎ、全体として判断を統合する役割の人。

 

意図的に視点を増やすことで、「見落とし」を減らしていく。
これは人数を増やすというよりも、
“見る力の構造を補完する”という発想に近いものです。

 

分析が得意な人は、
スキルや経験の再現性、一芸の鋭さを見抜く力があります。

 

一方で、人間的な違和感には鈍くなることもある。

逆に、感受性が高い人は、
誠実さや空気の歪みを敏感に察知できる。

ただし、人の良さに引っ張られることもある。

 

この2つは、どちらが正しいという話ではなく、
どちらも必要な視点です。

 

そして、この視点がぶつかったときに初めて、

「この人は優秀だけど、この組織では難しい」
「未熟だけど、この環境なら伸びる」

という、立体的な判断ができるようになる。

 

一般的に見ても、採用のミスマッチは20〜30%程度と言われています。

その中で、5〜10%に抑えられている状態は、
偶然ではなく、「見る力」と「見る姿勢」が機能している状態です。

 

結局のところ、採用とは「当てる技術」ではなく、
**“外さないために何を守るか”**という営みです。

違和感を大切にすること。
事実から目を逸らさないこと。

そして、その両方を一人で抱え込まず、
異なる視点としてチームで持つこと。

 

採用とは、選ぶ行為ではなく、
“関わり続ける覚悟を決める行為”です。

だからこそ、
その入口である「見る」という行為に、
どこまで誠実でいられるかが問われているのだと思います。

会社として立ち上げの頃。

 


当社は、人を雇わずに経営を続けていた期間が比較的長かった。

営業も事務も現場も、すべて自分でやる。
 

 

だからこそ、人を採用するという判断には慎重になっていた。

ちょうどその頃、同業他社の営業担当の方と、訪問先からの帰り道でばったり顔を合わせたことがある。

 

営業を入れるかどうか迷っていた時期でもあった。

 

その時に言われた言葉がある。

「営業に事務をやらせてはいけない。事務に逃げるから」

 

当時は、そこまで強く実感はなかったが、
この言葉は後になって何度も思い返すとともに痛感する事になる。

 

ここで言いたいのは、事務がどうこうという話ではない。
 

役割の問題ではなく、“向き合うべき仕事から離れていく状態”の話だ。

 

営業であれば、営業として向き合うべきことがある。
 

しかし、その本質から少しずつ距離を取ってしまうことがある。

 

これは特別な話ではなく、誰にでも起こり得る。

 

営業職であっても、営業そのものに苦手意識を持っている人はいる。
 

外から見れば向いていそうでも、実際の仕事になると動きが変わる。

 

人としては積極的でも、
仕事になると受け身になる。

 

指示を待つ。
 

自分で判断しない。
 

思考が止まり、意識が現場から離れる。

 

器用な人ほど、別の形でバランスを取ろうとすることもある。
それが結果として、本来の役割から外れていくことにつながる。

 

杉野はどこを見ているか。

エンジニアであっても、間接部門であっても同じだが、
まずは会社のルールの中で動けること。

 

ただし、それは“言われた通りに動く”という意味ではない。

 

一定の枠の中で、
自分で考え、判断し、動けること。

 

そして、完全に放置された状態ではなく、
何かあれば必ず確認や相談ができること。

タコ糸が切れたように勝手に進むのではなく、
適度に繋がりながら、自律して動く。

 

このバランスは簡単なようで難しい。
従いすぎれば受動的になり、
任せすぎれば統制が取れなくなる。

 

その中で見ているのは、
受動よりも、わずかに能動が上回っている状態。
もしくは、もう一歩だけ前に出ようとしている姿勢だ。

 

エンジニアに関しては、
時間を守り、現場に穴を空けないことが前提として求められる。

 

一方で、間接部門、特に営業に関しては、
時間そのものよりも成果の比重が大きい。

 

時間通りに来ているかどうかではなく、
どれだけ積み上げているか。

どれだけ行動し、
どれだけ試し、
どれだけ改善しているか。

 

だから時間に対してはある程度寛容であり、
ミスに対しても同様に一定の許容はある。

(ミスの話しは別の話になるのでまたの機会に)

 

ただし、ひとつだけ明確に線を引いている。

やるべきことを、やらなかったこと。

 

これは結果の良し悪しとは別の問題になる。

やってうまくいかなかったのか、
やらずに止まっていたのか。

 

この差は小さいようでいて、組織にとっては大きい。

 

受動的であることが問題なのではない。
問題なのは、“受動のまま止まること”だ。

 

自分から動ける範囲がどこにあるのか。
どこまで考え、どこで繋がるのか。

その判断ができるかどうか。

 

 

杉野はそこを見ている。

技術があっても、防げなかったもの

― はてなの11億円流出から考える「人と仕組み」の関係 ―

はてなが約11億円の資金流出を公表したニュースは、多くの人にとって「大企業でも防げないのか」という驚きをもって受け止められたはずです。

今回のポイントは、システムが破られたわけではないという点です。
“虚偽の送金指示”――つまり、人を介した攻撃でした。

 ■ セキュリティの本質は「人」にある

どれだけ強固なシステムを構築しても、
最終的に意思決定をするのは人です。

今回のようなケースは、いわゆるビジネスメール詐欺(BEC)やソーシャルエンジニアリングと呼ばれる領域に近いものです。

技術ではなく、心理に入り込む。

* 信頼している相手を装う
* 緊急性を演出する
* 判断する時間を奪う

こうした要素が重なると、人は「正しい行動」を取れなくなることがあります。

これは能力の問題ではありません。
人間である以上、誰にでも起こり得ることです。


 ■ 「ミスを防ぐ」のではなく「ミスが起きても止まる設計」

ここで重要なのは、個人の責任に帰結させないことです。

むしろ考えるべきは、
人が間違える前提で、どう守るかという設計です。

たとえば:

* 高額送金は必ず複数人承認にする
* 別経路(電話など)での確認を必須にする
* 権限と操作ログを分離・可視化する

こうした仕組みは、「人を疑うため」ではなく、
人を守るための仕組みです。


 ■ 技術は、人を活かすためにある

IT企業であるはずのはてなでさえ、今回のような事態が起きた。

これは「技術の限界」を示しているのではなく、
技術の使い方の問いを投げかけているように感じます。

AIやシステムは万能ではありません。
でも、人の弱さを補い、人の可能性を支えることはできる。

だからこそ、これからのエンジニアに求められるのは、
単に「作れる人」ではなく、

> 人の行動や心理まで想像できる人

です。



 ■ 若いエンジニアへ

もしこのニュースを見て「怖い」と感じたなら、
その感覚はとても大切です。

同時に、こうも考えてほしい。

> 「どうすれば、この失敗を防げただろうか?」

この問いを持てる人が、
社会を少しずつ良くしていきます。

技術は、人を責めるためにあるのではなく、
人を支えるためにある。

その視点を忘れなければ、
今回のような出来事も、未来を変える学びになります。

完璧な人はいません。
だからこそ、完璧でなくても守れる仕組みを、みんなで創っていく。

そんな視点で、この出来事を受け止めていきたいと思います。

―「数字」と「人」のあいだで、意味をつくれるか―

アルネオソフトウェアにおける営業という仕事は、一般的な「売る仕事」とは少し構造が異なります。
私たちの現場では、常に“二人の顧客”が存在しています。

一人は、発注してくださる企業。
もう一人は、現場で価値を生み出すエンジニアです。

営業は、この両者のあいだに立ち、仕事と人を結び、結果として数字をつくる役割を担います。

 

■ 営業の本質は「取りにいくこと」

営業は待つ仕事ではありません。
仕事は、自分で取りにいくものです。

テレアポでも、紹介でも、情報収集でも構いません。
重要なのは、「今、案件がない状態」をそのままにしないことです。

与えられた仕事をこなすことは、最低条件に過ぎません。
そこから一歩踏み込んで、自ら動き、状況を変えていく力が問われます。

 

 

■ 二つの顧客を同時に見るということ

この仕事の難しさは、どちらか一方だけを見ても成立しない点にあります。

企業の要望だけを優先すれば、エンジニアに無理がかかる。
エンジニアの希望だけを優先すれば、案件は成立しない。

だからこそ必要なのは、

  • 条件だけでなく背景まで理解する力
  • 人の状況を踏まえて判断する力
  • 双方にとって無理のない形に調整する力

です。

営業とは、「売る人」ではなく、
“関係を成立させ続ける人”だと考えています。

 

■ 成功例に学ぶこと、そして限界

過去には、技術理解があり、エンジニアと自然に会話できる営業もいました。
それ自体は大きな強みです。

ただし、それだけでは十分ではありません。

どれだけ理解力があっても、
自分から仕事を取りにいかなければ、営業としては機能しません。

「できる人」であることと、
「数字をつくれる人」であることは、別の話です。

 

 

■ 活躍が難しい人の共通点

現場では、次のような傾向を持つ人は苦戦しやすいです。

  • 指示を待つだけで動かない
  • 考えずに動く、あるいは考えずに止まる
  • 本来の仕事から目を逸らし、別のことに逃げる
  • 器用に見えて、成果に結びつかない動きをする

営業においては、「忙しさ」ではなく「結果」が問われます。
その結果に向かって、行動が一直線になっているかが重要です。

 

 

■ 性格面で見ていること

スキル以上に重視しているのは、実は性格や姿勢です。

営業に向いている人には、いくつかの共通点があります。

  • 自分から動くことに抵抗がない
  • 相手の立場を想像しながら話せる
  • 面倒な調整を避けない
  • うまくいかなかったことを隠さない
  • 状況を放置せず、変えようとする

一方で、

  • 受け身であることが心地よい人
  • 判断を他人に委ね続ける人
  • 自分の都合を優先しすぎる人

こうした傾向が強い場合、この仕事はしんどくなります。

 

 

■ 任せ方は人によって変える

マネジメントの現場では、一律の指示は出しません。

まとめて任せた方が力を発揮する人もいれば、
タスクを分けて渡した方が精度が上がる人もいます。

大切なのは、「できるようにすること」です。

ただし共通しているのは、

  • 任せたことは自走してほしい
  • 指示したことは正確にやってほしい
  • 指示していない部分は、常識の範囲で判断してほしい

という基本姿勢です。

 

■ 「常識」とは何か

ここでいう常識とは、特別なものではありません。

  • 相手がどう受け取るかを考える
  • 必要な報連相を止めない
  • ハラスメントにならない距離感を守る
  • IT業界としての基本的なマナーを外さない

言い換えると、「言われなくても守るライン」を持っているかどうかです。

 

 

■ 最後に

営業とは、数字をつくる仕事です。
しかしその数字は、人と人の関係の上にしか成り立ちません。

だからこそ私たちは、

  • 自分で取りにいく力
  • 人を丁寧に扱う力

この両方を持った人と、一緒に働きたいと考えています。

完成された人である必要はありません。
ただ、「動こうとする意思」と「向き合おうとする姿勢」は欠かせません。

その積み重ねが、やがて信頼になり、
結果として数字になっていきます。

営業とは、その過程を引き受ける仕事です。

こんにちは。

 

琵琶湖の水位が気になる、という話をすると、少し不思議に思われることがあります。

ただの数字に見えるかもしれませんが、見ていると不思議と飽きません。

むしろ、いつまでも見ていられる感覚があります。

 

杉野はもともと、データを見ることが好きです。

ただ数字を並べるのではなく、
その変化や流れを考えることに面白さを感じます。

琵琶湖の水位も、その一つです。

 

今回の冬、琵琶湖の水位は大きく下がりました。

一時は−70cm前後まで低下しました。

そこから現在は、−20cm前後まで戻っています。

 

この数字だけを見ると、「回復した」と感じるかもしれません。

ただ、少し視点を変えると見え方が変わります。

 

本来、春というのは水位が0cm付近まで戻る時期です。

それに対して今は−20cm。

 

つまり、

まだ回復の途中にある状態です。

こういう「途中の状態」に気づけるかどうか。

ここにデータを見る面白さがあります。

 

結果だけではなく、
流れの中で今どこにいるのかを考える。

 

もう一つ感じるのは、

この水位という数字の中に、
多くのものが含まれているということです。

雨の量、季節の変化、気温、雪解け。

そういった自然の動きが、
ひとつの数字に凝縮されています。

だからこそ、見ていて楽しい。

 

ゆっくりと変わり続けるものを追いかけることは、
どこか安心感すらあります。

 

データというと冷たい印象がありますが、

実際には、その奥には人の生活や社会があります。

水位が下がれば影響を受ける人がいる。
回復すれば安心する人がいる。

 

私たちは、こうした「数字の向こう側」を大切にしています。

技術も同じです。

ただ動くものを作るのではなく、
誰かの役に立つものを作る。

 

もし、データを見ることが好きな方がいれば、

ぜひ何か一つ、継続して見てみてください。

きっと、ある瞬間から見え方が変わります。

 

 

令和の星ブログを運営するアルネオソフトウェア株式会社から、皆様へのメッセージです。

私たちは、プログラミングを理解し、それを楽しめる方を募集しています。

データを読み取り、意味を考え、形にする。
そのプロセスを楽しめる方と、一緒に仕事がしたいと考えています。

技術は、人の可能性を広げるための道具です。

あなたの興味や関心を、社会に役立つ力に変えていきませんか。