なめがた文庫の新しい本の紹介
司馬遼太郎:著
昭和46年に新潮社から発行された。
おっとびっくり、文字の印刷が今と比べるとかなり悪い。
見開きの右と左で文字の濃さが違っていたり、同じページでも
くっきり度に差がある。
この頃はこんなものだったのか。
表紙などはいい感じなのに。
文庫にあるのは単行本で4巻。
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文庫本だと3巻に収まっているよう。
お話
大村益次郎、元の名前を村田蔵六という。
幕末の長州に生まれた。
明治政府の軍隊の土台を築づいた人。
以前NHKの大河ドラマでも取り上げられ、タイトルもそのまま「花神」
村医者の家に生まれ、蘭学に興味を持ち大阪の緒方洪庵の適塾で
学ぶ。
そのころの学生の学び方はすさまじもので、蔵六はその中でも特別
だったらしく、塾長になっている。
目的を持ったらひたすら邁進するタイプ。
しかし、それだけではないのはこの人物の面白いところ。
1冊の辞書になる本を一部屋に置き、それを写してまず自分の勉強
とする。
何しろ印刷技術は浮世絵を筆頭にすばらしいものではあったが、そ
の頃の蘭学は、医者でもそんなものを学んでどうすると言った考え
の方が主力であったから、何もかも自分たちで何とかするしかなかっ
た。
しかし蘭学者たちは、自分が得た知識をどんどん人に教え広めた。
原書は訳し、本は借した。
秘伝のように仲間内のものにはしなかったのである。
したがってお金はない。
あんまをしながら適塾の学生は学んだ。
蔵六たちの頃はシーボルトに教えを請うた世代が老齢になり、本だ
けで勉強した。
実際の必要があって蘭学の知識を応用した人たちだった。
日本はじめての蒸気船は、医師の蔵六が船を、工夫の好きな職人が
蒸気機関を作った。
二人とも本物をみたことはない。黒船だって話だけだった。
それでも本を頼りに原理を考え、材料を工夫し作ってしまった。
咸臨丸でアメリカに渡ったとき、向こうの技師が蒸気を動力にする
技術を説明したそうだが、日本人はそんなことは理解し、応用してい
たので説明が幼稚に聞こえたとか・・・
蔵六自身は、一生国外へ出ることはなかった。
新しいことをなす人たちの多くが、低い身分から生まれている。
身分が低い方が自由だったのである。
官僚機構がぎっちりくまれて動きがとれなくなっていた幕藩体制。
百姓が上を目指すなら医師、医師でも上に行くなら、漢方を学ぶ。
蔵六は、百姓の身分で実力を買われ、他藩の士分扱いになり、船を作
る。幕府に雇われ旗本になる。
それでも自分の出である長州藩からお呼びがかかれば、もとの百姓
の身分にちょっとおまけが付いたくらいで、藩の重大な仕事を任せられる。
自分が役に立てるならそれでいい。
適塾から呼び戻され実家の医者になったが、ちっとも患者が来なかった。
こんな薬役に立たないとか、患者に受けのいいことが言えず、評判が
よくなかったらしい。
そんな人気商売のようなものなら、もっと学問を極めたいというのが
若い頃の第一巻の蔵六の姿だった。
昨日今日は、台風18号が来るというので、文庫も閑古鳥。
そんなときは何もできないからと、言い訳をし本を広げる文庫のおばちゃん。
昼前の蓮田の写真。
風が強よいので、明日の朝はどうなっていることやら。

