『RYOFU』感想 @宝塚大劇場
初見。
寝不足に耐えられず、起きているのが精一杯で、最後まで筋を追いきれなかった。
言われているように、悪役・悪人が主人公というわけで、ちょっと珍しい演し物(だしもの)だな、と。
裏切り、殺し、権謀、乗っ取り、傲慢…。
殺す、欺く、裏切るしか動詞が出てこないんじゃないかというくらい、"悪"ばかりで、救いようがないというか、何一つ明るい未来や希望がなく、観た後に、心の持っていきどころのわからない話。
剣で斬られるときや、剣や槍が刺さるときの効果音の主張が強い…。
話し言葉に古語が混じっていたり、そのうえ殺陣をしながら喋るからか、いや、殺陣をしていなくてもか、あるいはPAの問題か、滑舌が悪いわけではないと思うが、初見時、かなりセリフが聞き取りにくかった。
登場人物の名前も馴染みがなく、似ていたりして覚えにくく、自分には平家以上にややこしい。
話をよく理解していない、名前をきちんと覚えてない状態で名前を呼ばれても、よくわからないまま話が進んでいってしまった。
中国の歴史もののメイクも、日本物ばりに誰が誰だか分かりにくいところがある。
話が二転三転したり、複雑に作られているのか、結局最後まで話が何だかよくわからないまま終わった。
起きているだけで精一杯だったのも手伝っているだろう。
主要人物が皆悪人なので、悪と悪ばかりの応酬で、言っていることに説得力もなければ、希望のようなポジティブなものが何一つなく、何も得るものがないのが、逆に笑えてきてしまう。
三国志は詳しくないのだけれど、名前だけは知っている連合軍の錚々たる武将も、あまり迫力がない(このとき、彼らはまだ20代だったらしいからこれであっているのだ)。
主役の呂布(りょふ)はもちろん迫力があった。
平家以上に死人が出る。
出てきた登場人物のほとんどが殺されたのではないか。
初見の時点では、人物相関図しか見ていない。
体力がきつく、久しぶりにオペラグラスで時計を見てしまった。
呂布が子供だったときや、その母親とのエピソードも描かれているが(赤兎馬(せきとば)のところ)、いつからどこで切り替わって、そのエピソードに入ったのかよくわからなかった。
その、呂布の子供時代(呂布[過去])だと思われる人物は呂布であってるの?みたいな。
…というのが、どうしようもない初見の感想。
そこで、次に観る前に、プログラムの場面ごとの解説を読んだら、一応理解できた。
これ、解説を読んでいてさえ、話が二重三重に構成されていてややこしいことがわかった。
睡魔との戦いがあったとはいえ、これが初見でついていけなかった理由だろう。
初見のときは、赤兎馬の怪しいビジュアルと動きに目がいってしまい、赤兎馬が大ゼリだったかの上を移動している間に、下で展開されている”呂布の子供時代”が中途半端にしか目に入らなかったのだ。
オペラグラスで赤兎馬の動きという狭い視野しか見ていなかったからかもしれない。
しかし、この場面、赤兎馬のその怪しい動きそのものに意味があったのだ(「赤兎馬の幻惑」)。
大楠さんだけ、役名が「兵1」でしかないのは、配役発表のときから違和感があった。
そこに意味があることを、プログラムの各場面の解説を確認し、2回観て、やっと理解した。
話の最後と最初(第0場)が繋がっていることもわかった。
繋がっていなければ、最初の場面の意味がないわけだし。
そして、大楠さんの役があえて「兵1」(第0場では「或る男」)と名付けられている理由も理解した。
役名がつかなくて扱いが悪いわけではなかったのだ。
一人だけ名前を付けてもらえない個人攻撃かとモヤッとしていたのだが、違った。
「兵1」でいてもらわないと困るのだ。
「兵1」でいることが立派な役割なのだ。
「兵1」という名の大役なのだ。
これらの点だけでなく、全体を通してかなりしっかりと話が組み立てられていることもわかった。
他に押さえておかなければならないキーポイントとして、王家に拾われた時に雪蓮(せつれん)は記憶を失っていること、貂蝉(ちょうせん)の代わりに雪蓮が董卓(とうたく)を暗殺しに向かったことなどが挙げられる。
最初、話が二転三転してるように感じたのは、筋立てが入り組んでいるからだ。
キーポイントを聞き逃したり見逃したりすると、話がわからなくなるかもしれない。
自分は、初見時、この辺の理解を落としたので、話がわからなくなった。
さて、欲を言うと、話としては完成度が高いし、題材として、そもそもこの時代の三国志がそういう話なのだとすれば仕方がないのだけれど、何か熱いものが欲しいかな、と。
極悪だね、非道だね、悲しいね、人がたくさん死んだね、とんでもない時代だね…で終わってしまうのはもったいない。
主人公(呂布)が極悪人で、準主人公(董卓)も極悪人。
三番手(李粛(りしゅく))も極悪人。
救いようがない世界。
ただ、董卓が、人間的にもその手法も疑わしいが、”乱世を終わらせて、新しい世を作る”という理想を掲げているところは、掘って磨けばキラッと光り得る部分かなとは思う。
キングダムでも、国のトップ同士が、”争いのない世をつくる”という崇高な理想を持ちながら、その方法の違いでぶつかり合っていた(そして結局また戦になる)。
そこの部分は、もっと熱くなれそうだよね、と感じる。
四番手(李儒(りじゅ))も、極悪人の董卓に共鳴して付き従っていたが、途中から疑問を持ち始め、最期はほぼ悪から目覚めたのだろうけれど、やや消化不良なまま退場してしまった印象がある。
そう考えると、董卓の謳う”争いのない世”とは具体的にどんな世界なのかが気になってくる。
そこに、李粛も李儒も共鳴したわけだから。
李粛と李儒は仲間割れしていたけれど、そんな二人が共鳴・心酔する董卓の理想とは何なのか。
殺して、殺しまくって解決するやり方で、本当に争いのない世の中が来るのだろうか。
そのあたり、もう少し深く知りたいところだ。
ラブストーリーは芯にはなっているが、話の世界が世界なので、悲恋以上にはなりにくいというか、それ以上のものに昇華しきれていない印象。
雪連は、家族が殺されても気づかないほど鈍いのだろうか…と少し思ってしまったりもする。
始まる前に、パチパチと何か音がしている気がした。
ノイズのような音で、マイクや音声の不調かと思った。
たまたまかと思っていたが、次に観たときも確かに聞こえる。
それで、この音は"もう、始まってる"ことを示しているのだと理解したが、そのときは何の音なのかまでは分からなかった。
それが、プログラムの演出家挨拶を読んで、もしかして何かが燃える音、すなわち「炎戯」の始まりを告げる音だったのではないかと、劇場を後にしてから気づいた。
この作品は、1回観ただけでは理解が難しいのではないだろうか。
よほど集中して一言一句聞き漏らさず、動きや筋を意識し続けない限りは。
自分は、プログラムの場面ごとの解説をざっと頭に入れて、ようやく筋が理解できた。
「ああ、確かにそうなっているな、そういうことか」と、1回目で分からなかった部分が補完され、2回目で話の筋が一本に繋がった。
この作品も二役を演じられている点に注目である。
序盤で消えてしまう(殺されてしまう)が、丁成の瑠皇さんと、族長の槙さんが印象に残った。
ポイントを漏らさず、きっちりと組み立てられた、巧妙で計算された構成から、作・演出家の熱意が伝わってきた。
『水晶宮殿』感想 @宝塚大劇場
”クリスタル・パレス”
クリスタルが形を変え、手から手へと引き渡され続けていく旅を描いたファンタジーワールド作品。
「Amazing Fantasy」と銘打つだけあって、今回はその名の通りかなりファンタジー寄り。
そこにロック要素や宇宙要素、銀河英雄伝説っぽいビジュアルもあり、クリスタルといえば…のファイナルファンタジーのようなロールプレイング的コスチューム要素も取り入れられている。
音楽も含め、全体的にファンタジー感が強い。
色々なキャラクターが次々と現れ、次々と展開していく。
プロローグでは、ストローを折り曲げたようなパーツを載せた頭飾りが面白い。
次の、デリバリーをテーマにした場面では、フードデリバリー用のバッグを背負って登場し、いかにも今どきだなと感じた。
中詰の客席降りでは、二階には6人が来てくれて、ハイタッチも盛んだった。
今回、夢奈さんの活躍が印象に残った。
中詰の客席降りのとき、銀橋に夢奈さんが先頭で来てセンターなのが何だか嬉しい。
ほかにも、ソロでせり上がったり、銀橋を渡ったりと見せ場が多かった。
中詰の”REX”って、どこか懐かしさを感じる。
”マッチ売りの少女”の場面、何かやけに冬感がある。
4月なのだけれど。
このショーはとにかくキャラクターが多い。
色々キャラクターが出てくるな…と思っていたところへ、後半(「火の星」)でもさらに新たなキャラクターが出てきたときは、頭がかなり満腹になった。
鳳月さんの歌声が劇場によく響く。
鳳月さんも脂がのってきているなと感じる。
そして、四番手まで、全員が歌がうまい。
タイトルの電飾は英語だけど、『紫禁城の落日』とか『この恋は雲の涯まで』みたいな、幕に「水晶宮殿」の漢字バージョンもあってレトロ感が漂う。
そんな、楽しさ満載のショー作品。
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