14日の朝、猫が旅立った。
私が寝ている間にコタツの中で旅立ったようだ。
13日深夜、最後の力を振り絞って私のところまで何度も転びながらやってきた。
かなり長い時間撫でられながら、コタツに戻って行った。
多分、最後のあいさつだったのだろう。
そのまま膝の上に乗せたい気持ちと、体に負担がかかるかも知れないという気持ちがバチバチと交差して、私はコタツを選んだ。
もしかしたらそばで看取って欲しかったかも知れない、と思うこともある。
が、自らコタツに潜り込んだ。
その意思は尊重したい。
猫は自分の体を最大限軽くして、あの世に飛び立っていくのだな、と思った。
なるべく身軽にして、飛び立つ。
全てを使い切って、去っていくのだ。
自宅で看取る?ような形になったのは初めてだ。
亡くなる前日、看取りの本を読んだ。
どうすればいいのか、パニックになるかも知れないし、今抱えている心配事、不安の種を払拭したかったからだ。
読み終わって、腹が決まって数時間後には旅立ったことを考えると、もしかしたら、私がこの世に引き止めてしまったのかも知れないな、などと都合の良いように解釈してしまう。
どうあってもいいのだろうが、どうせだったら、何事も人生万事塞翁が馬、起きることがベストなことだ、と思いたい。
昨日、火葬に出した。
前回は早く土に還って楽になって欲しい気持ちがあったが、今回は、手放したくなくて、遺体であってもそばにいたくて仕方なかった。
こんなにも執着していたのか、こんなにも私はこの子に依存していたのか、と私自身をがっかりさせた。
依存心を受け入れたくもなく、認めたくもない気持ちになった。
なぜなら、私が自覚して依存しているのは最後に残った一匹だからだ。
深く依存しているこの子を手放す時、私は正気でいられないのではないかと心配になったからだ。
全ての死にまつわる事柄が終わった後、私はコタツ部屋でそのまま倒れるように眠ってしまった。
お腹の上に最後の一匹を乗せて、こんこんと眠った。
起きてから、改めてあれこれと気持ちの整理をしていたら、自分の状態を冷静に見ることができた。
結局眠っていなかった、ご飯もろくに食べてなかった、そもそも私自身に難病の恐れがあり発熱しながら初めての自宅での介護、看取り、それも一人きり、生理前の絶賛情緒不安定、からの生理初日・・・。
執着してても致し方なくね?
というか起きたら全くもってありがとうとしか思わないし!
死ぬ間際にきちんと頼ってもらえるくらいには猫から信頼されていた、危険を及ぼす人間ではないと思われていたことが確信できて心の底からなんとも言えない気持ちが湧いた。
自信を持って、独りよがりではなく、猫と関係が築けたと言える。
それが嬉しかった・・・ってもっと早い段階で自信持てばよかったのに、とも思ったが。
去年のほぼ同じ頃、父を見送り、あの世に父がいることで、旅立った猫はきっと私の父に溺愛されるだろうな、と安心もしている。
結果的に、父の死をポジティブに捉えられるように、あの子がしてくれた。
何はともあれ、よく生きた、こんなに長く生きられないだろう、この子は、と思われていた子が16歳まで生きた。
最後まで自力でトイレに行こうとし、自分で創意工夫し、適応し、生きようとしていた。
何度もよろけて、倒れて、動けなくなっても、少し休んで動き出す。
カッコ良かった。
素晴らしかった、尊敬した。
うちの子になってくれてありがとう。
一緒に暮らすことができて、私は本当に幸せだった。
また後で会おう。