あら、気がついたらもう5月。
毎年何がゴールデンだよ、と思っていたウィークも過ぎ去ったらしい。
もっぱら今年はコロナでそれどころではなかったようだ。
母の日も然り。
母の日を忘れ去っていたわたしはとりあえず連絡だけしてことをすました。
母の日の次は父の日か、と脳内リマインダーに追加した。
けど、今年はもう一人だけなんだな、と思って鼻の奥がツーンとする。
いまだに喪失感は残っている。
っていうか、これ、本当に喪失感なのだろうか。
単なる悲劇っぽいことに対する執着なんじゃないか、と思っている。
ただ泣きたい、悲しい気持ちになりたいだけで思い出してるだけなんじゃないか、とも思っている。
そんな感じだ。
父親のことを考えるとやっぱり微妙な気持ちになるし、悲しんでいなくては、と人前では思うところは大いにあるし、複雑だ。
(亡くした時期がズレてたら看取ることも法要もできなかったことを考えると、神の采配、サンクスアロットって気分にはなっている。)
そう言えば、コロナウイルスがきっかけでみんな引き籠もらざるを得ないようだ。
ストレスたまるだろうし、大変だろうな、と思う。
わたしもストレスが・・・たまるわけもなく、今までと同じように生活している。
かれこれ7年以上自発的に自粛していたのは伊達ではない。
プロと呼んでもいいだろう。
(正確にはちゃんとストレスは感じている。
自分の意思次第であれこれできていた状態での引きこもりとは訳が違うからだ。
生活に変化がと言ったストレスがないだけで、それなりにある。)
そして、現金による決済も感染する可能性があるからキャッシュレスで、という話も聞いた。
これも先取りしていたので、全く影響がない。
むしろ現金に触ったのって、香典の勘定した時が最後じゃないかってくらい現金に触れていない。
ようやく世界がわたしに追いついた、とか言いたいけど、こんな世界を望んでなんかいなかった、わたしは。
みんな引きこもっちゃいかんだろう。
引きこもりのコツは、などと語る気もなくはないけど、新しいことを言えるわけでもない。
非常にシンプルだ。
家でできることをやるだけだ。
ゲーム、読書、ネットであれこれ観賞、片付け、料理、掃除、ちょっとした運動、日向ぼっこ、塗り絵や音楽鑑賞やら色々ある。
コンテンツは盛り沢山だ。
サブスク、サイコー。
飽きる?飽きたら他のコンテンツに手を出せばいい。
そもそもアウトドアだった人間がインドアなあれこれ楽しみきることは向いていないのだから、アウトドアできる日のために準備、妄想でもしてればいい。
できないことにばかり目を向けていたら飽きるのも早いし、文句も言いたくなる。
だから今できることに目を向けて楽しむ方法を模索した方がよほど楽しいと思う。
・・・わたし自身それができているかと言ったら疑問だけど。
引きこもりのクソニートに仕事の依頼がきた。
久しぶりの仕事だ。
だから、感覚を取り戻すために、自分をメンテするためにこれを書いている。
錆び付いているような気もするし、こんなもんだったよな、って気もしている。
やってるうちに感覚を取り戻すだろう、けど、歳もとってるからどうなることやら。
仕事の誘いが今でもくるってことが救いだ。
責任持ってやり遂げられる気がしないから、ほとんど断っているけど、今回の仕事はやり切りタイプ、簡潔な仕事なので引き受けた。
ありがたい。