一つ前の記事で、数年前の先延ばしリストが秀逸すぎて、いまだに先延ばされていた、と書いた。
その後、そのリストをそっと閉じた。
・・・いや、気づいたなら、今やればいいじゃん。
おお、私もまともなことを考えるようになっているではないか、と改めて見返した。
よくよく見ると、代替行動をとっているものがあったので、リストを完了状態にチェックを入れた。
時間が経過したため状況が変わっていてやる必要がないこともあった。
重複しているものもあった。
それらは、削除。
他のリストに関しては、リストの内容をより詳細に具体的にして対応しようと頭をひねった。
すると実行済みのリストとの表示に目が行った。
すでに3件ほど代替行為によりそちらにはいっているはず。
よし、達成した気分の先取りじゃ!!!とタップした。
ら、
実行済みの案件がズラリと出てきた。
あれ?あれれ?ちゃんと実行してるじゃん、私。
ああ、先延ばしリストを作った勢いで終わらせていったのだろう。
(残っていたリストより完了したリストの方が多かったのよね。
びっくりして、こんなことを書いているくらいだもん。)
ここまでの自分の行動を振り返り、気がついた。
私は、リスト化した何かをそのまま放置できるほど、神経太くないのだ。
リストが秀逸だったわけではなく、リスト化した勢いが薄れていって放置されていただけだった。
勢いで動いていたのだ。
だいたいそうだろうけど、三日坊主的なアレだろう。
衝動的で無計画、気分で動いていることで最後までやり遂げるわけでもないのはいただけない。
スモールステップで組み直して、継続できるリストを作るのが課題だ。
あっさりと代替行動をとっていた、と書いたが、それはなかなかいい傾向だと捉えられる。
本質的な部分はカバーしながら、できることを選択して行動している、と言えるからだ。
やったほうがいいこととして脳内にあり続けたとも言える。
そして、できることで形にしていったのは何もせずモヤモヤしているよりずっと進歩的だ。
自分の言動に対して意識を向ける。
その時、自分とある程度距離を置いていると、自分で思うほど、ダメでもないな、と思う。
思える、のではなく、思うのだ。
自分に意識を向けているのにも関わらず、評価は客観的だ。
いや、他人に向ける評価に近い評価を私自身に下している感じがする。
(私は他人には緩くポジティブにこうじゃね?と伝える派)
不思議だなぁ。
ただ、うまいことコツコツ生きていけそうなコツは掴んだ気がする。
ヨシ。