自分の足で。-5 | ジブン探検中。

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どう感じたか、どう思ったか、
書いて忘れていくブログ。

どうせ愛されてるしーの人にハマってしまい、
自ら洗脳されに行ってしまった話の続き。
時系列が前後しているのは思いつきで書いてるから。


その後、一斉に死刑執行されたあの教団について

・どうしてこうなった?
・他の人たちは気づかなかった?
・今、他の人たちはどう思っている?
・どうして信じた?
・執行してよかったのだろうか?
などなど、挙げればキリがないほどの疑問が湧いて
貪るように調べ始めた。

でも答えが見つからなかった。
思ったことを書きなぐったメモがある。
それを今見ると、私が目を覚ます予兆のような
言葉がいっぱい並んでいた。
この辺りから、客観視のようなものを
具体的に意識し始めた気がする。
一方的な立場で見ずに、
両極端な視点に立ってみてみる。
そして、比較してみる。

その作業中は
宗教とは?神って何?
洗脳ってなに?
そんなようなことが軸にあった。
こじつけのような示唆もありつつ、
改めて人間、というより、日本人であることの
脆弱性(あるいは強みにもなりうる)を
感じた。

戦時中の日本と似ているような気がしたからだ。

現人神という考え方が根付いていた。
人が神だ、という扱いができる土壌がある。
それがこじれたら、この団体のようになっても
不思議ではないのではないか。
そう感じた。


考えすぎだ、と一蹴できるなら、
ぜひ、そのままでいてほしいな、と思う。
生きた人間を神のごとく崇められることを
はぁ?と言い続けてほしい。
両目しっかり見開いて、巻き込まれないで
ほしいなと思う。

そして、そういうものにすがることで
楽になる人たちが一定数いるという事実も
見つめてほしい。
人間は楽な方に流れていく。
不可抗力だ。
私も流された。

どちらも紙一重だ。

死刑を執行する、
団体を見張り続ける、
それと同時に、
そういうものにすがる人たちがすがらずにすむ、
人としての在り方が、手に届くといいと思う。
社会がどう在ったら踏ん張れるのか。
考えることも大切なことだろうと
私は思う。

もちろん、行動に移すことが大事だけど。
それに流されても立ち上がれる力がある。



いまだに答えは出ていないし、
うまく言えない部分が多いけど、
これはやってよかったような気がする。
この教団と似たような構図になっているものを
羅列していたりするからだ(笑)
ハハハハハ・・・

って

こーこーでー
気ー付ーけーよー

草生えるレベルで教団のことは客観視していた。
私も当事者になりかかっていたのに。
私が目を覚ましたきっかけになった人たちが
言っていることと同じことが
ひたすらメモられてたのに(笑)
キラーワード満載だったのに(笑)

わかってんじゃーん!!!
客観視したら、こんなにわかってるんじゃーん。

続く(長いよ)