私が洗脳されかかったのは、
どうせ愛されてるしー、の人だ。
わがままでいい、なんでもいい、の人だ。
スタートは2015年くらいのことかな。
このブログを始めたのもの、ちょっと影響している。
そして、洗脳とは大げさかもしれないが、
その入り口にはたっただろうな、と言うのは確信している。
彼が言ってることは概ね同意できる。
が、いいひとになろうとしてしまう癖がある人には
劇薬だろうな、と思う。
全否定はしないし、お好きにどうぞ、なのだけど。
ご利用方法には注意を払わないと、危ないタイプの
考え方だ。
相手との距離感が測れないがゆえに抱える生きづらさ、
を抱えていると言う
自己認識がある人にはオススメできない。
そもそも自己認識が明瞭にできている人は、
近づきもしない劇薬だとは思うけど。
だめだ、とは思わないのだけど、難しい。
そんな存在だ。
私が彼を知ったのは友人が彼の著書を
紹介していたことがきっかけだった。
ひとまずブログがあるならば、
それを見てみようとのぞいてみたのだ。
そこで私が一番最初に気がついたのは
いい商売してんなぁ、この人
ということだった。
ざっくりブログを読んで、こういうシステムで
お金が上がってくるんだろう?と友人に伝えると
そんなこと考えなかった・・・
とショボーンとした反応が返ってきた。
それ以上言うと、
何も知らずにdisってる人みたいになるので、
やめた。
もっと言えばよかった、と今は思う。
今思うと、よくそこに気づいたな、私。
と、思う。
ちゃんと見えていたのに、くぅぅぅ。
当時の私は、結構追い詰められており、
しかも自分はそこまで追い詰められてはいないよなぁ、と
自分でも見て見ぬ振りをして蓋をしていた。
追い詰められている嫌な感じだけはしっかり
感じていたという状態。
その土台には自己不信感があった。
だから、ショボーンとした友人の反応に
合わせるようなことをしてしまった。
自分とは見ているものが違う相手との
やりとりにも自信がなくなっていた。
負の相乗効果半端ないって。
そして、私が私を否定していたがゆえに、
私の感覚を狂わせた。
友人の手前、
知らないでdisった手前、
どんなもんなんだ、これは、と調べ始める。
手始めに本ではなくブログを読み漁った。
時々、迷惑かけていい、の度合いが
やりすぎじゃねーか?という違和感が襲う。
が、そこまで荒療治しないと、
治らんのかもしれない、とも思ってしまった。
それ以上に気になったのは
コメント欄が気持ち悪かったことだ。
見たくなかった。
マンセー以外は受け入れない、と言う感じがした。
マンセー以外はコメ内で指摘しあって、
導く、と言う図式が見えた。
そんな印象を持った。
私の生きづらさはこの同調圧力によるものが
結構大きい(笑)
その時点で離れればよかったのに、
追い詰められると目隠しするんだなぁ・・・
続く(長いよ)