種、発見、ゲットだぜ。 | ジブン探検中。

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どう感じたか、どう思ったか、
書いて忘れていくブログ。

昔仲間内で、傷ついた、傷つけた、みたいなことが
話題になったことがありました。
その時、わたしは

何を言われても平気なわけじゃないんだよー!

とかわめいてて。
今思うと

だったら波風恐れず、嫌だって言えや。

とか思うんですけども。


当時は今以上に子供で、しかも自分が子供であることにも
気づいていないような、厄介な人間でした。
ある程度の経験と知恵を大人並みに持っているのにもかかわらず
大元になる部分が子ども並みに未熟だから、
余計に厄介な代物であったことは今だからこそ自覚できています。

自分の価値観だけでしか物事をはかれなかったっていうのが
具体的な未熟なポイントだったのは言うまでもないことです。
それにプラスして、自分軸がなかったことも、
余計に苦しくさせた原因でもあったように思います。


そしてそれは、恥ずかしくて蓋をして隠したいくらいな話です。
迷惑かけた人たちに謝りたい気持ちです。
(念を送っときます ・・・めんごー!)
そんな過去の自分を恥ずかしいよー恥ずかしいよーと
のたうちまわりたい気分です。
その恥ずかしさを感じて籠りそうになる気持ちと、
どこかで、恥ずかしい、恥ずかしいと言ってのたうちまわる自分を
なんかかわいいな、と思ったりする気持ちもあったりします。
過去のわたしを見て、今のわたしを見ていないから
恥ずかしくもなるんです。たぶん。
今だって後になって、うっわ、マジで恥ずかしいわ、コイツとか
思っちゃうようなことしてるかもしれません。
いや、してると思います。
現時点では、籠るより、かわいいな、と思う自分の方が
若干優勢です(笑)


そんな当時のわたしに、

大人とか子どもとか関係なく、
ただ目の前に傷つきやすい魂が存在しているだけなんだよ。

って言ってくれた人がいました。


わたしは、何年たっても忘れられないくらいに、
その言葉がふかーく残ってます。
その人のことは、連絡取ることはないけども、
やっぱり特別だなって思ってます。
そして、最近まで何度も思い出しながらも、
そんな存在を目の前にしても、
どうしていいかわからないっていうのが
ずっと残ってました。
頭じゃわかってるけど、気持ちが追いつかない。
そんな状態だったのでしょう。


冷静さのある今だから思うのは、
傷つくだの、傷ついただのが話題になるって言うのが
なんだか悲しいというか寂しいというか
そんな気持ちにもなるよなってことで。

傷つける意思も傷つくつもりも
お互いにないのになっていうのは、
わかるんですけど。
楽しく遊びたい気持ちが遊び場を守る気持ちになり、
自己犠牲や我慢が蔓延し、
耐えられなくなって爆発みたいな。
真剣に遊んでいればいるほど、
遊ぶことにフォーカスされればされるほど
人間同士が遊んでいる感覚が乏しくなるところが
あったなぁって思います。
それと、寛容さとかそういうやつも乏しかったのかな。


なんでこんなこと書いてるかっていうと
同年代の人でも、わたしよりずっと若くても
成熟している人は成熟してました。
その違いってなんだろう、って思ったのがキッカケです。
これも当時からどんどん色濃くなって感じていた
疑問の一つだったのですが、
そこからズラズラと書いていって気がついたのは、
一緒に大事覚えていることについてでした。


今のわたしが未熟であっても、成熟していても
傷つきやすい魂とやらを前にした時に
どうするかって、思ったら

迷わずハグハグするだろな

って、答えが出たってことです。

はぐー。

キレイ事な気もしなくはないんですけど、
はぐーだからと言って、チカラになりたいとか
そういう気持ちはさーっぱりありませんっ。

たぶん、これがわたしの境界線の種かもしれんな、と
なんとなくそう思ってます。
また少しラクになれそうで、うきうきですわー。


長々とした自分語り読んでいただいた方がいらしたら、
本当にありがとうです。