独奏者と指揮者~ピアノ編Ⅱ | アマデウスが風の街より南風に載せて情報発信♪

独奏者と指揮者~ピアノ編Ⅱ

ピアノ協奏曲第二弾
曲目はブラームスー:ピ協1・2番

クローバールドルフ・ゼルキンとジョージ・セルクローバー

 
ゼルキン(ルドルフ), ブラームス, クリーヴランド管弦楽団, セル(ジョージ)
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番+ヘンデル・ヴァリエーション
ゼルキン(ルドルフ), ブラームス, クリーヴランド管弦楽団, セル(ジョージ)
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番+インテルメッツォ  

私の最後に残された苦手作曲家ブラームスです。

苦手なためそれ程多くの演奏を聴いていません。

しかし

この二人が作り上げた協奏曲の美しいハーモニーは

ブラームスが苦手な私でも感動しました。


一応この記事が初めての方の為に

再度この記事を掲載します↓


クローバー協奏曲における独奏者と指揮者の関係についてクローバー

協奏曲という物は一流の独奏者と指揮者が共演すれば
必ず名演が生まれるとは限らない。
二人の個性がぶつかり合って
妥協し合いながら終わってしまったり
共演ではなく競演になってしまった演奏も数少なくはない。
ジャズの世界ではこの競演を楽しんだりもするが
クラシックの世界ではまず在り得ないだろうね。
そう言った意味で個性の強すぎる指揮者は
協奏曲には不向きであると考えられる。
え、どうして個性の強すぎる独奏者への非難はしないのかって
それは協奏曲を演奏する場合
まずは指揮者が先に歩み寄るべきだと思うからである。
だからどちらか一方または両方共個性が弱いほうが
よかったりもする。
しかし、一たび個性の強い者同士が
お互いを理解し合い、尊敬し合うようになると
これまでにはない、数少ない名演が誕生するわけである。
ただ、こう言った批評はともかく、悪評は公の場では滅多に
語られる事はない。
レコード会社への営業妨害になりかねないからね。
たまに辛口の批評家が真実を述べたりするくらいかな。
私はプロの批評家ではないので
どの演奏がどうと、すべてを語る勇気はない。
けれど、これこそが名演中の名演
独奏者と指揮者の微妙な均衡が保たれている物を
これから挙げて行こうかと思う。
ただし一つの曲に対してこれがNO.1と断言するわけでもなく
これ以上または同等の名演を探し出すのは
難しいだろうと思われる くらいに受け取って頂きたい。
くれぐれも誤解のないように
宜しくお願い致します。