昨日 年賀状を投函した。
毎年 もう止めようかと思っているが、子達・兄弟の他に、会社の同僚・恩師など
限られた30人ほどに、散歩道で撮った写真の賀状を出している。
<終活>と言うほどでもないが、一昨年暮れの病気・入院のあと、
自分の<生きることで精一杯>と感じ、亡き女房の家族筋には、
「・・・年賀・盆暮れの御挨拶は、今年が最後とします。」と書き添えた。
女房も亡くなってから26年になる。
義兄からは、13回忌の法事の頃から「・・・もう気遣いなきように、、、」と
言われていた。
<人の死を乗り越えて生きる>ということが、どういうことなのか解からない。
<義理の形>ではないのだが、80歳を期に、一つの区切りにしようと思った。
先年は、長姉が、
「・・・義兄も85歳を過ぎて、たんぼを止めた。」
「お米が送れない。お互いに大変だから、盆暮れの挨拶も止めるよ!」
と言って来たのを機に、お歳暮も信州の長兄のところしか送っていない。
それぞれ遠くに住む他の兄弟・姉妹は、ほとんど年賀しか接触がない。
長兄が88歳、6男の末っ子が75歳なる。
連れ合いを亡くしたのは、私だけ。
みな健在なのが自慢である。
毎日 晴天が続いている。
今朝の日の出前
玄関先から日の出を拝むと、3階の玄関通路の花壇の
枯れすすきが写る。
老婦人が別荘にしているところだが、年老いてこの1~2年姿が見えない。
大室山から飛んで来たのか?ススキが芽生えて、、、枯れ尾花が日の出を
迎えている。
うら悲し主なき家の枯れ尾花


