朝から大粒の雨が降り続いている。本格的な梅雨の雨だ。

隠居の身は、「どこかでまた氾濫しそうだな?」とベランダから眺めるだけだが、、、。

ふと 幼いころの田舎では、雨の中を兄貴や御袋とたんぼの<水見>に行ったことを思いだす。

たんぼの畔は、盛り土だけで柔らかい。モグラの穴などあると、そこから崩れることもある。

 

           信州の田舎の家には裏庭に鯉を飼う池があった。

           <写真はネットから> 

 

 

大雨の時は、田んぼの水の取り入れ口に堰をして(=堰と言っても周りの土を盛って)、水路から

水の入るのを止める。

水がいっぱいになって、土盛りした土手からあふれ出すと、土手が決壊してしまうのを防ぐためだ。

同時に、<あと>(水の出口をアトと言っていた)少し開いて、水が流れ出るようにした。

 

この時 ここに網をセットしなければならない。

戦後6~7年 中学に入る頃までだったように記憶するが、田んぼで<田鯉>を育てていた。

その田鯉を逃がさないようにする網だ。

 

戦後の食糧難の時代 たんぼで鯉を飼って、それが食料となった。

田植えが終わり、、、稲が生長し始める頃 農協で鯉の稚魚を仕入れて田に放した。

100匹単位で仕入れる。それを水持ちの良い・・・土手のしっかりしたたんぼ2枚ほどに放した。

 

時には、庭の池から2年目の鯉~3年鯉=30cm級の鯉も放した。

秋まで田で育てて、食べきれない鯉を庭の池で飼って大きくする。

1kg=40cm級に育てた鯉は、盆・正月や祭りに上げて信州名物の鯉料理にする。

 

           鯉の洗い・甘露煮・・・ネットの写真から

 

 

           

 

小学生の我らには、料理よりも田んぼで鯉を捕るのが楽しかった。

稲刈り前 田の水を払う時期 <あと>の土盛りを取り除いて、田の水を抜く。

田には1~2カ所低い部分=水溜まりがあり、鯉はその部分に集まっている。

10~15cmに育った<1年鯉>が、背びれを覗かせて2~3畳ほどの水たまりに集まっている。

これをバシャバシャと追いかけながら手掴みする。

最高に楽しい瞬間である。

稲まで踏みつけて、たびたび兄貴に叱られたものだ。

50匹放しても、獲れるのは15~20匹程度である。秋までに、水路に逃げてしまう。

 

一年鯉は、兄貴が背開きして、天ぷらにした。

稲刈り前の御馳走だった。

 

          鯉は井戸水で1日ほど泳がせて<泥抜き>をする。

          背開きして、苦みのある肝臓?膵臓?だけ取り除いて、

          腸もそのまま天ぷらにする。

          <写真はネットから>

 

一度には食べきれないから、裏庭の池に放して、飼うことになる。

田舎の蛋白源だったが、、、、今はこんな農業は無さそうである。

冷蔵庫も冷凍車も無く、秋刀魚もサバも<一塩秋刀魚>とか言って、塩漬けされたものしか

食べられなかった時代の<信州の百姓の倅>の思い出である。