(過去記事1)で
2024年7月3日、旧優生保護法が憲法違反であるという初判断が,最高裁大法廷の裁判官15人全員一致で下された
ことを書いた.
戦後の違憲判決13例目となり、法律成立時で既に違憲だったとする画期的なものだった.
ただ高裁の時点で5件中5件で違憲判決はでていた.
争点二つの内のもう一つ
「(20年間の)除斥期間は適用か?」
については4件不適用(賠償金あり),1件適用(賠償金無し)で分かれていた.
今回は5件とも不適用となり,適用だった1件は仙台高裁へ差し戻しとなった.
こっちは問題がかなり複雑だ.
簡単に言うと,不法行為から20年間を超えた場合には請求権を失うということだ.
明治民法から(ある意味)存在し,2020年施行の新民法724条でも以下のようにある.
(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
しかし,上では消滅時効とあって除斥期間とは類似しているが違う.
除斥期間は中断・停止がなく,ただ機械的に単純計算して20年を測る.時効は中断・停止がある.
改正前民法では以下だった.
<改正前民法>
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
第724条
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
2016年12月2日衆議院法務委員会・藤野保史委員の質疑にて,小川政府参考人が
改正前民法の後段は”時効”でなく,”除斥期間”と解釈すると答弁している.
それで2020年から新民法では除斥期間ではなく消滅時効となったのであるが,
経過措置として,古いものは新民法ではなく改正前民法を適用するとある.
つまり古いものはいまだに時効ではなく”除斥期間”ということである.
<附則:経過措置>
(不法行為等に関する経過措置)
第35条
1.旧法第七百二十四条後段(旧法第九百三十四条第三項(旧法第九百三十六条第三項、第九百四十七条第三項、第九百五十条第二項及び第九百五十七条第二項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。
で,2016年12月2日の答弁で,改正前民法の後段が”時効”ではなく”除斥期間”であったかというと,
1989年12月最高裁判決という判例があったからだ.
1949年2月14日鹿児島県の山中で発見された(米軍が残した)不発弾を巡査・将兵・消防団員が職務として処理しているときに,消防団員でないB氏が消防分団長の求めに応じて参加し,公務員たる巡査の過失によりB氏が後遺症を負った.
この事件に対し,1989年12月最高裁は,当時の民法724条後段は除斥期間とし,既に20年以上たったため,原告敗訴,国家賠償金は払われなかった.
この1989年最高裁判決の判断は厳しいと批判を浴び,2016年法務委員会での質疑を経て,2017年民法改正され2020年施行された.今は724条後段は除斥期間でなく消滅時効となった.
今回2024年7月3日の最高裁判決はこの1989年判例を覆すこととなった.その意味で画期的であった.
消滅時効だということであれば中断があったと解釈可能だ.国が政策として2万人を超える多数の人に手術を行い,1996年に規定が削除されたのちも国が補償しない立場をとってきたことで,原告らに提訴が極めて困難だった,とし,単純に20年の計算をするべきでないとした.
そりゃそうだろう。仮に1990年に提訴してたって、この時代背景なら法律専門家らに「敗訴するから辞めろ」と止められていたろうし、実際負けていたろう。
「著しく正義・公平の理念に反する」とし,89年判例を当てはめれば「到底容認できない結果をもたらす」として被害者救済の判決をした.
面白いね.
現在の最高裁判所が正義・公正のために真っ向から35年前の最高裁に立ち向かったと.
・1996年時点ではまだ強制不妊手術は合法だった.
・その7年前1989年の最高裁判決の時点では民法724条後段は除斥期間(中断認めず)だった.
・2016年法務委員会などでそのことが問題視され,
・2017年6月新民法公布され2020年4月1日から施行された.
そこでは民法724条後段ははっきり除斥期間ではなく消滅時効(中断認める)だった.
しかしながら,新民法附則35条1項では,古いもの(2020年4月の時点で20年経過してしまったもの)に対しては旧民法724条を適用するとした.(古いものは”除斥期間”でもよいとの見解が立法府ではあったと推測できる.)
・2024年7月3日,最高裁大法廷で「1989年12月最高裁が旧民法724条後段を除斥期間と解釈したのは誤りだ」とした.理由は「著しく正義・公平の理念に反する」から.
私は今回の最高裁判決に大変喜ばしく感じている.
1989年12月最高裁判決と2024年7月最高裁判決が異なったのは,法律ロジック対決勝負ではなかった.「倫理観」というものだ.そして倫理観というものは時代によって異なる.
旧優生保護法が生きていた1989年と,それから35年たった2024年とでは倫理観が異なったのだと思う.
そもそも旧優生保護法は1948年6月衆参両議院全会一致で可決した.その第一条は
「この法律は母体の生命健康を保護し、且つ不良な子孫の出生を防ぎ、以て文化国家建設に寄与することを目的とする 」
とあった.
これが1996年まで生きていたんだ
(1996年:村山首相退陣・橋本政権発足・クリントン再選,流行歌:I'm proud, アジアの純真,DEPARTURES, チェリー).
(1989年:天安門事件,消費税スタート,紀子様婚約,海部内閣,流行歌:TRAIN-TRAIN, Get Wild, 酒よ,川の流れのように,乾杯)
2024年7月3日最高裁大法廷は,立法の時点で違憲であったと下した.
もっとも倫理観が変えたというのは私の主観による。主文(賠償金払え)に関しては裁判官15人全員一致だが,この除斥期間適用の解釈に関しては全員一致ではなく個別意見がある.除斥期間不適用ではなく別のルートで賠償金支払いを導く裁判官もいた。
1988年最高裁判決以来、除斥期間解釈はもともと揺らいではいた。
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/05-6/new-matsumoto.pdf
新民法や改正前民法をつくった人々が歴史的にどんな背景でどんな主旨でいたのかということは離れて、現代的な解釈で現代の人々を積極的に救おうという態度が裁判所に見られる。
いつだったか以前、「おかしいんだけど法律がおかしいからしゃーない、国会が法律変えるべき」という判決出した裁判所もあった。それとは今回は違う。
以下は日本弁護士会が7月3日に出した文書。
旧優生保護法は、多数の障害のある人に取り返しのつかない被害を与えただけでなく、優生思想に基づく差別・偏見を社会に深く根づかせ、障害のある人の尊厳を傷つけた。今もなお、障害のある人は、結婚、妊娠及び出産、子育て等の家族形成に限らず、日常のあらゆる場面で周囲からの差別・偏見に苦しんでいる。
当連合会は、本判決を機に活動を更に充実かつ加速させ、被害回復が全ての被害者に行き届くまで真摯に取り組み続けるとともに、優生思想に基づく差別・偏見をなくし、被害者の尊厳が回復され、誰もが等しくかけがえのない個人として互いに尊重し合うことができる社会を実現するために、全力を尽くす決意である。
私はこのことを調べて目頭が熱くなったよ.
時代は変わるよね.
(過去記事1)の終わりで書いたことを繰り返す。
根底には、
「障害者はおとなしく死ぬことだけ待って生きてろ」
という差別があると思う。障害福祉の業界に。
(過去記事1)