(前置き)

(過去記事1)でも書いたが,教育療育と投資の世界は大変良く似ている.

どちらも頭の弱い人の欲望につけこむビジネスだからである.

その世界は本質的にランダムネスの世界であって規則性がない.

規則性が無いという事は専門家もノウハウも存在しないという事である.

愚かな人の欲望につけこみ,専門家のフリをしてビジネスを展開する.

ノウハウが無いのだから,成果報酬で儲けを得ることはできない.

手数料で稼ぐのである.

 授業料は手数料である.株式投資も,証券会社は手数料で成り立っている.

 

 ランダムネスの世界なので,たまたま成績が上がった・株価が上がった

という人が声を大きくし,SNSで発信し,塾はそれを宣伝にして新たな顧客を呼び込む.

 成績が下がった人,株で損益を出した人は声を上げても自分の利得にはならない.再現性の無い分野においては,たまたま運が良かった人は,運ではなく実力だと思いたい.人間の脳の特質として,単なる運とか相関関係を因果関係に結び付けたがるということがある.

 運が悪かった人が運が良かった人と対決して,これは自分の実力でなくて単に不運だったせいだと主張するのは,カッコ悪い・いさぎが悪いように映る.それでお金を得ているビジネスは,いろいろ後付けで単なる運に理由付けをしようとする.そこで設けている人はかなり真剣だ.

 要は,そこで騙される新規顧客がいなければ良いのだが,金がかかるものは全て良いものと思いたいというバイアスもかかる.もっともこういうのは近代アジア圏の特徴なので,今後はどう動くかは分からないが.

 こういうものは(中国のように)政府が規制をかけるべきだと思うのだが,今のところそのような動きはない.

 

(本題)

で,そういう新規顧客が良く考えそうなことに,

勉強すれば成績があがる

と思っている親・子がいる.

これは間違い

なのだ.

この簡単なロジックに気が付かない.

 なぜなら,そういう親子が指している”成績”は,

書ける漢字が増えた・分数の足し算が出来なかったのが出来るようになった

という絶対評価をさしていない.

偏差値という相対評価を成績と呼んでいる

わけだ.

 例えば偏差値50の生徒が半年後に偏差値55(上位30.9%)へ上がるという事は,現在平均的な学力だが,半年後には,抜いた19.1%の人たちよりも身についた学力が相対的に上待ったという事になる.

 
 レースに例えればよい.ランナーはみな走っているのだ.止まればどんどん順位が下がる.
順位をキープ
しているということは,
(抜かれた人数)=(抜いた人数)
ということだ.

 例えば進学集団塾に入ってあるクラスに入ったとしよう.卒業時に入塾時のクラスより上のクラスにいるか下のクラスにいるかは,確率半々だ.みんな条件は同じだからだ.

 むしろ学年が上がるにつれ,成績が爆下がりした生徒は受験塾を辞め,ガチ勢ぞろいになるのでレベルはあがるだろう.早期に入塾した生徒程,クラス順位のピークは早期に偏りがちになる.

 

 出来ないことが出来るようになったことを親子で喜ぶのは良いと思う.しかし相対的な順位にこだわるのは良くない事だと思っている.子供本人で相対的順位に熱くなる子はいると思うが,親はたしなめるか静観すればよく,煽るのは長期的には不幸を招くことが多いと思う(過去記事2).

 

 このような相対的能力主義を小学生時に植え付けるのは一般的には好ましくないと思っている.

 

 続く.

 

 

(過去記事1)

 

(過去記事2)