(過去記事1)の続き

 

この主人公少年の母親はある意味毒母なんだよね。少年の実の父を追い出し、自分の仕事にかまけて育児を自分の思い通りにする。そして次から次へと別の問題のある男と再婚し、彼らの子供は産まずに、離婚と再婚を繰りかえす。結局3人の夫と別れた。

 子供は父母の仲の良さを欲するが、それを母は与えない。毒親でも子供は結局父より母を選ぶように遺伝子にインプットされている。母の歴史は2億年あるが、父の歴史は多く見積もって400万年(直立歩行して食料を運ぶことが可能になった)、少なく見積もって100-150年(村祭りでの乱交や夜這いの風習の終焉)だ。圧倒的に浅い。

 父について行ったら若い後妻との間に子供が産まれて疎まれる可能性が高い。母について行けば母の年齢から新しく生まれる子の数は多くはならない。郷ひろみと彼の最初の妻とのパターンを見ればわかりやすい。子は本能的にこんな事を感じているのか、まず母についていく。

 他に叔母か保育士か誰か別の人で家事が得意でネグレクトせず優しく育ててくれそうな人がいても、実の母に育てられたいと、子は思う。頭で思考してというより本能的に。

 ある意味、母は子に対して夫に対して絶対的な権力を持っているのだ。もちろんそれに胡座をかいていれば、成人後には毒母認定受けて疎遠になるか報復受ける。ただ毒母は子供が小さいうちはそれに気が付かない。

 

 子供らの実の父を追い出し、母は大学院へ通って大学教員のポストをもつ。子を育てる事よりも自分の<宗教>を優先したわけだ。実の父は父で曲作りとか民主党支持とか情熱をかけていたが、離婚してしばらく経ってからあっさり捨てて共和党支持家庭の娘と結婚し子を儲ける。

 若い時代に追いかけていた<宗教>など、子孫に比べたらどうでも良い事に、後から気づく。

 

 そして主人公少年は高校卒業し、テキサス大学へ進学し、写真を専攻する。高校で写真展の銀賞をとった。銀賞といっても銀賞は6人(9人?)もいる。金賞でもない。

 この少年は1995年ごろ生まれた設定だ。スマホが普及して久しくなるのにこれから職業写真家で食べていくつもりなのか?写真って大学で学ぶもんじゃないだろ。

 大学で知り合った彼女がダンス専攻。6-8歳の子供に教えてるという。

 そうだよね、幼児教育って、そんなものだよね。

 主人公も彼女も、やはり主人公の父母のように浮世離れの<宗教>を追っている。

 

 また繰り返すのだろうか。

 

 ただ離れた日本から見ると、それって結局白人リベラリスト社会限定の話なんだよね。それで家族は崩壊し、少子化が進む。

もう少しで白人は人種的にマイノリティになるという。

 

 白人がマイノリティになった後、マジョリティ側の黒人からあの映画をみたら、全く共感できないだろうね。

 

 

 

 

 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ムーンライト_(映画)

 

 

 

実は(過去記事2)で取り上げたオールタイムベスト映画で、数々の古い名画の中で15位以内で今世紀の作品は2作しかない。一つはこれで、もう一つは

ムーンライト(2016)

という米国映画だ。主人公の少年は

マイアミ貧困地帯出身で、母は麻薬中毒になり少年は麻薬の売人になる話だ。

同じ米国でも問題点は全く違う。

 

 この映画6才にはメインキャラは全員白人なのだが、一人配管工の有色人種の青年がいて、良い仕事がないし大学行く金もないという彼に、主人公の母が、公立の夜間短大なら安いと学校を薦め、それでレストランのオーナー(?)にまで出世するというシーンがある。主人公母は自身も良い仕事がなくて大学院へ行って大学教員の職を得た。

 米国白人社会での学校歴信仰ってこれだね。学問のためでなく職のために学校歴を積むという発想。職業ギルドの参入障壁として学校歴が機能している。学校での勉強自体は業務を行うのに必要はなくても、人を選別する道具として機能している。

 

 

 

(過去記事1)

 

 

(過去記事2)