ある芸人が言っていました 

「お前らなんて大嫌いだ 全部自分が正しいみたいな顔しやがって」

 
この気持ちがよくわかる気がします
 
 
みんな好き勝手に生きているんだなとつくづく感じます
 
 
もちろん好き勝手に生きていいんですが
なんか周りに迷惑をかけている人が多い気がします
多かれ少なかれ
 
 
なんで正しい面するんでしょうね
 
“自分が正しいと思うのは勝手ですが
それを周りに強要するのはなんか違う気がします
 
ある種の責任転換のような気がします
 
だから私はこういうことする人が嫌いです

今私が使っている手帳は

確か

私が社会人1年目に自分で買ったものです

 

なので

今年で9年目の手帳になります

 

そうかぁ

9年か~

 

どおりで

背表紙の一部がほつれているわけですわ(笑)

 

普段

正直

何も気にせず使用してきました

 

雑に扱ってきたことも

多々あります

 

こういう時

本当にしみじみ思います

 

 

今までありがとうございます

 

 

これからもどうぞよろしくお願いします

資源が枯渇した際

どこにどう分配するのか

みたいな問題が結構どこでも起きていると思いますが

 

こういう時

少数派を切り捨てるしかないのでしょうか?

 

 

確かに

現状は多数派が作った世界ではあるのですが・・・

 

 

でも

現状が悪いからこういうことになっているわけで

 

そうなると

多数派の意見だけでは

不完全ということになるのではないでしょうか?

 

別の意見が入らないと所詮

今までの延長線になっちゃうのではないだろうか?

 

 

だからと言って

 

多数派以外であれば

誰でもいいのか?

そうでもない気がする

 

相手は見極めないといけない

 

 

というか

ずっと見極めていかなければならないんだろう

期待しなければ落胆もない

期待していなくて
思わぬ良い結果が出たら
それはそれで喜べばいいだけなので
個人的には期待はしないに越したことがないと思っています
 
それは頭ではわかっているのですが
期待しないようにすることって
とても難しいなぁと感じます
 
そもそも
なぜ期待してしまうのでしょうか
 
お店の店員はサービスを提供することが仕事だから
愛想良く接してくれるだろう
 
定常業務だから
マニュアルがあるだろう
 
10年選手なんだから
聞いたら教えてくれるだろう
etc etc
 
 
そんな風に考えると
 
そもそも期待とは
 
自分が出来ない事に関して
人や物やサービスが
自分が出来ない事を解決してくれると思う
これこそが期待の正体なんじゃないかと思いました

裏切られたのではなく

勝手に期待していただけ

ただそれだけ

 

しかし

稀に期待以上の行動を示す人がいる

そんな人に会った時の高揚感が忘れられず

また勝手に期待してしまう

 

なんとも麻薬のような話である

 

期待しない

or

期待してその通りにならなかった時のショック度合いを少なくするか

 

どちらかの対応になるんだろうなぁ

 

前者が理想ですね

全ては話せないけど

交友関係が続く人がいる

自分にそんな人ができるなんて

とてもびっくりですが

知れてよかった

 

 

交友関係が続くということは

それだけ自分のことを多く知ってもらい

現状自分のすべてを話せる関係になること

だと思っていた

 

逆を言うと

全てを話さない限り

関係はいずれ終わるということ

 

そう思っておりましたが

全てを話していないのに

まだ続いている関係があるんです

 

人生とは面白いですね

 

 

いつかこの縁は切れてしまうのでしょうか?

これからわかることですね

 

 

生きる理由が一つできました(笑)

・子供が自分の手の届く範囲にいない

・子供より前を歩く

・子供が後ろにいるのに振り返らない

 

忙しいわけではなさそうなさそうなんですけどね・・・・

 

子育て大変だと思うので

疲れていることはありますよね

 

いや~でも

見ているとなんか

疲れているとかそういう話じゃないという感じがします

やっぱり子供があんまり好きじゃない印象です

 

それが上記の箇条書きの行動に

出てしまうのではないかと感じました

 

子供を持ってみないと

本当に子供が好きなのかわからないのが怖いところですよね

 

幸せに育ってほしいものです

 

 

こういう時に赤の他人ができることって何なんでしょうか

泣いている

幼稚園くらいの息子を

抱える母親

 

母親の顔は

何かミスに気が付いた様子で

ハッとしていた

 

そうしたら

 

夫と娘が

少し離れたところから小走りで近づき

夫「駐車場を見てくるよ」と言った

 

 

妻とすれ違いざまに

 

妻「ここで待ってるね」

夫「でも 車に無いよね?」

妻「う~ん 無いと思うんだけど」

夫「まぁ 見てくるね」

 

そのまま

妻と息子を通り過ぎて駐車場へ走っていった

 

妻は”ありがとう”とは言わなかった

 

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夫は

 

あたかもそれが当然かのように

 

瞬時に相手の状況を察し

自分ができることを想像し

速やかに実行する

 

実行に移す過程で

相手から必要な情報や温度感を確認した

 

もしかしたら

後で感謝や謝罪が妻からあったかもしれないが

 

ただ

その瞬間では

感謝の言葉が必要なく

雰囲気で感謝を伝えている

そんな様子に見えた

 

相手を信頼し信用した

合理的な幸せを見た気がしました

 

素敵だったなぁ

体重が一番太っていた時期から15kg減量した経験から

得たことをお伝えします

※専門家ではない個人の考え方です

(とはいっても、間違っているとも思っていませんが 笑)

 

早速私の考えの結論ですが

いかにストレスを減らし、幸福度を上げるか

これが ダイエットの基本だと思っています。

 

ダイエットって早い話が

食事を減らし、運動を増やせば痩せるんです

逆をすれば増量することができます

これを続ければ

理想の体型が得られるわけです

 

これは正直誰でもわかっていますよね

でも 出来ない

なぜでしょうか

 

多分ストレスと幸福度のバランスが悪いからだと思うんです

 

極論

ストレスが0で

幸福度がMAXだと

多分ダイエットは絶対に成功すると思います

気持ちの影響がすごく大きいと思うんです

 

なので

ストレスを減らし、幸福度を上げることで

重い腰を軽い腰にして実行に移し、継続できるのではないかと思います

 

 

最後に

極力ハードルを下げておくっていう事が重要だと思います

 

ランニングではなくウォーキングから始める

30分やるのではなく10分だけやってみる

エスカレーターで立っているだけでなく、上り下りしてみる

 

みたいな感じで

どうしても最初に普通っぽい目標を設定しがちですが

ダイエットが必要な人にとって

一般的な普通は難易度が高いと私は思います

 

なので

チリが積もれば山となる

じゃないですが

小さなことからコツコツとやっているといつの間にか

理想の体重になっているのではないかと

思います

ぼーっと物思いにふけるのって

心地いいんですよね

 

思ったことを書きだしてみたりなんかして・・・

 

そんなことを

自宅や

ほかの場所でやってきて

感じたのですが

 

 

そんな環境を整えることに必要なことは

極力 静かで

人の目が気にならない状況が必要なんだと思います

 

とくに、人の目が気にならないというのがとても重要だと感じています

 

自意識過剰なのかもしれませんが

自分のノートだったり

PC画面が誰でも見れる状況だと

落ち着かないんですよね

 

 

どれだけ自意識を下げるか

or

人がいないところに行くか

 

と考えると

人がいないところに行く方が楽なんですよね(笑)