2024年7月7日に放映された「NHKスぺシャル」は、パリオリンピックへのロシア参加問題を巡る国際体操連盟の渡邊守正会長の動きについて焦点を当てたもので、非常に有益だった。渡邊会長が、パリ五輪は、オリンピック憲章に則り、政治的中立性と差別なき権利と自由の原則を保証する元来の姿に戻るべきであるとして、体操競技にロシアの参加を認めるようIOCに働きかけてきた経緯を紹介した同番組は、オリンピックを巡る大きな政治的課題を浮き彫りにさせた。

 

「NHKスペシャル」で渡邊会長は、世界平和に貢献するオリンピック祭典の重要性を強調し、ロシア人選手は、オリンピックの旗の下で参加し、金メダリストにはオリンピック賛歌を演奏するとのIOC理事会の決定に苦悩しつつ、同決定の再考を促し続けていた。一方、プーチン大統領は、IOC理事会の決定を政治的なものであるとして糾弾するとともに、2025年に懸賞金付き世界スポーツ友好大会を開催する旨を明らかにし、ロシア人選手には同大会への参加を促していると同番組は報じた。オリンピック運動は分裂の様相を深めているようだ。

 

確かに1979年、当時のソ連がアフガニスタンに武力侵攻したことに抗議し、日本を含む西側諸国が1980年のモスクワオリンピックをボイコットしたことがあった。これはオリンピックの祭典が国際政治に翻弄された実例である。今回、またしてもロシアによるウクライナ武力侵攻がオリンピックに大きな影を落とすことになった。ロシアのスポーツ選手は、ロシアを代表してパリオリンピックに参加する機会を失うことになった。一方、個人としての資格ならばパリ五輪に参加する道は残されているが、どうもロシアオリンピック委員会としては、そのような形でロシアの選手がパリ五輪に参加することに難色を示しているようだ。

 

オリンピック競技がどこまでアマチュアスポーツの祭典であるかどうかは、疑問だ。特に1984年のロサンジェルスオリンピックを契機に五輪の商業化は進んでおり、現在の形のオリンピック開催の持続可能性についても、大きな疑問となっている。ロシアが計画しているとされる賞金付き世界スポーツ大会ともなれば、オリンピックの代替にもならない。そのような企画を臆面なく発表するプーチン大統領は、異端政治家であると言わざるを得ない。

 

さて、世界平和に貢献するオリンピック、政治的中立性を保持するオリンピックなど、上記渡邊国際体操連盟会長の考えは、果たして正論なのだろうか?ロシア人選手とウクライナ選手とが同じ種目で競うならば握手で終わるといった同氏の考え方は、結局オリンピックの名の下に、他国の主権侵害、他国への侵略を容認することにつがらないであろうか?

 

勿論、各選手の持つ個人的信念は尊重されなければならず、それによってIOC規則に反するとしてメダルをはく奪されたり、オリンピック参加資格を失ったりする事態が生じることはあるだろう。それは各選手が自由に選んだ道であり、その選択は完全に認められる必要がある。選手側は、IOCで決めた規則を遵守する義務がある。

 

渡邊会長には、国の代表としてロシア人選手のオリンピック参加を認めることこそ、世界平和の推進に資するといった考え方を再考していただく必要がある。フェンシングの国際大会でロシア人選手と競ったウクライナ人選手が握手を拒みメダルを失ったという事例は、同選手の個人的信念に基づく行為として、是認してあげる度量が必要だ。(20240708)