急に始まったが…なんだコレは。
まずはそこから探ってみるか。
大前提として、物事には理由が必ずあるものだと、俺は思っている。
空が青いのも雨が降るのも、プランクトンが海から上がって地を這って鳥になって飛んだのも。
…生命や宇宙の始まりまで行くとちょっと知らんがな、ってなるけどね。
そういうドキュメンタリーとか好きなんだよね。
人の進化の軌跡とか。
で、話逸れたけど、なんで理由を探したいのかっていうと、疑問に思うからなのだ。
なんのこっちゃと思うかもしれないけれど、
疑問という「未知」のものは「不安」や「恐怖」などのストレスを生み出しかねないからだ。
幽霊の正体みたり枯れ尾花
なんて言葉があるように、分かってしまえば魔法は科学になり活用法も増えていくというものだ。
で、ようやく本題に入るわけ。
ここでいう行動原理が何を指すかというと、
未だにやっているファミコンやらのゲームやマニアックな雑学、そして止まらないお喋りについてである。
現在、俺は動画投稿サイトにてゲームの実況…というか雑談プレイ動画をあげているのだけれど、
何で今ファミコンなのか
というのにも、ちゃんと理由があった訳だ。
コレは全てに言える事だが、おそらく、
少年時代にはいなかった共感者を求めている
のでは無いだろうか。
その割には新しいソフトやってるじゃ無いか。
と思うかもしれないが、そこがミソで、
少年時代の共感者
ではなく、
少年時代にいなかった共感者
なのだ。
少なからず友達はいたが、
当時の伊藤純一少年は大人しく、自己主張をするのを恐れていたような気がする。
なので、あまりに周りの知らない話は持ち出さないし、
家で密かに1人楽しむような子供だったと記憶している。
月日は流れ、ありがたいことに、
自己表現の場と手段、そして周りの知らない話題でも成立させるトークテクニックを手に入れることができた現在、
あの時なりたかった自分を取り戻そうとしている
のかもしれない。
なりたかった自分を取り戻す
というのも不思議な文章ではあるが、
表現としてはコレであっている。
本来ならばそうしたかった自分を、過去の自分から取り戻しているのだ。
あの時俺はこういう話をクラスでしたかったんだ。
みんながライトな楽しみ方をしているコンテンツをもっとディープにのめり込んで、それを誰かに話したかったんだ。
それを、今取り戻しているのだと思う。
環境や作品は変われどね。
今、求められてはいないけどやりたいネタがいくつかある。
過去好きだったものたちについて語るイベント、もしくは動画コンテンツを作るというものだ。
動画だとカチッと喋らないといけない気もするのが、
イベントで話すにはマニアックすぎる気もするので、
どう発表するかは考え中だ。
自分のルーツと言えばかっこいいが、そんな事をついさっき気付いたので、ここに記しておくことにする。