人はなぜ己の損得で生きるのか。
なぜ裏を持ち人と付き合うのか。
人を貶めてでも上に立ちたいのか。
大人になるにつれて欲は深くなり、反対に罪悪感や感受性に蓋をする。
世間で立派な大人と言われても、電車では降りる人にぶつかりながら割り込み、人前で化粧を直す。
子供達には見せたくはない光景である。
己の物差しからはみ出たものや、歪んで測れないものは異端とし、異端者の考えは穢らわしいと非難する。
古代エジプトでは、次の世界へ旅立つ前に己の心臓と羽根を天秤に載せたのだそうだ。
羽根が重ければ来世へ。
しかし罪を犯したものは心臓が重くなり、途端に怪物に食べられてしまうのだそうな。
仏教にも似たような話があり、
生前に善行を成し徳を積んだものは、輪廻転生して新しく人間へ生まれ変わるのだそうだ。
逆に、罪を犯した罪人は地獄へ。
または、転生後は動物になってしまうのだという。
若くても人間のできた人がいたら、何度目かの転生なのかもしれない。
俺は都合のいいことしか信じないし、
無神論者だけれども、自分で自分を誇らしく思う為に、御天道様に恥ずかしくない生き方をしているつもりだ。
偉い人たちはよく言ったものだ。
悔い改めよ。
と。
