この言葉が俺を釘付けにしている。
名作映画、
天使にラブソングを2
のワンシーンである。
リルケの「若き詩人への手紙」という本を、ウーピー演じるデロリスが教え子に渡しこう続けるのだ。
「もし、あんたが朝起きて、歌うことしか頭に浮かばないんだったら、そりゃもう歌手になるべきよ」
そのまま自分への言葉だと思った。
人前で歌うようになったのは大学生になってから。
何も目標がなかった自分の目の前の暗闇に、いきなり光が差したのだ。
ハタチを過ぎて、ようやく進むべき道が現れたのだ。
自己表現というものを覚え、味わってしまった快楽主義者は止まることを知らない。
おとのしい学生時代の伊藤純一を知る人たちは、みんながみんな驚いたものである。
それぐらい、解放されることは、許されることは気持ちが良いものなのだ。
それは自分で作詞するときにも現れる。
俺の書く詞はポジティブで、ともすれば応援歌のようなものだ。
それは、過去の自分、もしくは弱っている時の自分へ対してのエールとも受け取れる。
過去の自分、己の感情を押し殺している、現在伊藤少年達へのエールなのだ。
俺の感じていた哀しみや無力感、燻っていた感情を今の子供達には味わって欲しくない。
もっと楽しく、ポジティブに世界を感じて欲しいから、俺は歌うし、詞を書くんだ。
俺みたいな人間は俺で最後でいいんだ。
子供の頃に元気をもらっていた歌に恩返しをする意味もある。
だからみんな、もっとたくさん歌を聴いて、歌って、笑顔になってもらいたい。
夢を忘れたなら手を伸ばしてくれ。
暗くて寒いなら手を伸ばしてくれ。
俺が引っ張り出してやるから。
手を、伸ばせ。
そのために俺は心も、身体も、鍛え続けていくからさ。