俺のスマホの待機画面である。
エドハーディ。カッコ良いのである。
エディはどうかは知らないが、伊藤純一にとっての「髑髏」とは表題にもあるように
「平和の象徴」である。
これは一体どういうことか、書き記すことにする。
世間一般では、ドクロ、ガイコツ、しゃれこうべ等様々に呼ばれ恐れられる、所謂スカルマークだが…、
何故恐れることがあるのか?
「死」を連想させるのは勿論なのだが、考えてみてもらいたい。
人種、性別、美醜。
全てフレームの外、肉によるものだ。
みんなレントゲンにかけてしまえば、どんな美人も、どんなマッチョも骨。なのだ。
人を人たらしめる理性、その根源である脳を護る骨、それが頭蓋骨なのだ。
世間の目の届かない、人種や性別の垣根を越えて差別を超えた部位、
それが髑髏なのだ。
かの一休さんも、杖にしゃれこうべを掲げたというじゃないか。
みんな、死んだらどうせ骨。
あまり人種性別美醜を深刻に考えるこたないのだ。
だから
俺からしたら、スカルは平和の象徴なんだぜ。
という、お話。
