夜明けの雷鳴 医師 高松凌雲 | 健全なVINYL中毒者ここにあり

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(★)以前紹介したこの書の後継、あるいは番外編といえるか。最後の函館の市街戦で傷病者の治療、保護に当たった函館病院の存在が印象深かった。その病院の頭取をしていた医師が本書の主人公である高松凌雲だ。文藝春秋から連載小説の執筆依頼を受けた吉村さんは、以前からある北方史研究家から凌雲について書くことを薦められていたこともあり、すぐにその研究家から資料を取り寄せたという。

 

前半1/4ほどは、1860年代に渡仏、医学を学ぶ機会を得たことに費やされる。大坂で緒方洪庵の適々斎塾に入門、オランダ語を身につけ西洋医学を学んでいたが、パリの医学校では医学の知識は当然として、‘博愛と義’(帯の文句)がともなった医学の尊さを身につけた。吉村さんは‘渡欧がかれの生き方を左右した’とまでいう。この滞仏期間中に幕府が瓦解するのだが、乏しい母国の情報しか得られないなか、仲間内での疑心暗鬼のほか英仏など各国との外交的やりとりも興味深い。分量は多くないもののパリ万博での日本の展示の様子の描写なども面白く、このパリ時代が俺にとっては本書のハイライトだった。

 

帰国した凌雲は榎本艦隊に乗り込み、函館で新政府軍と戦う幕府軍の一員として病院運営にあたる。そこでは敵味方の区別なく治療することになるのだが、運営責任者を仰せつかるまでの自軍内でのやりとり、押し寄せる新政府軍との交渉、降り注ぐ弾雨をものともせぬ治療などなど緊迫の場面が続く。ほぼすべてが凌雲の目指す博愛の医療のとおりに事は進むのだが、意外だが敵味方を超えてそれは両軍に理解されていた様子が偲ばれる。‘雷鳴’に擬せられた波乱の医師人生だったが、医師として博愛を持ち、幕臣として義を忘れないことは終始この男の芯であった。

 

平成15年 (原著は平成12年)

文春文庫

吉村昭 著

 

購入価格 : \110