生麦事件 上下巻 | 健全なVINYL中毒者ここにあり

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2冊並べてこその表紙のデザインがいい。左上に横濱を遠望する生麦付近を進む大名行列の図。1863年に出版された歌川貞秀の‘東海道名所’シリーズから‘東海道之内生麦’だ。街道の左側はそのまま海岸線、右側には田畑が広がる。名所とはほど遠いただの田舎道をなぜわざわざ描いたのか。前年に起こった日本を揺るがす大事件の舞台となった場所だからだ。

 

騎乗で東京方面へ向かっていた観光中のイギリス人一行4人が、国へ帰る薩摩藩の行列を乱す。日本のルールのとおり島津久光の駕籠に先行する藩士が斬りつけ、商人リチャードソンが死ぬ。イギリスはもちろん他のヨーロッパ諸国もこぞって幕府に賠償と実行犯の処罰を求める。ところが幕府は‘薩摩藩がやったこと’と言って逃げる。国内が攘夷、開国で騒然としていた時期のはなし。とりあえず幕府もお金は払うが、‘あとはあなたたちと薩摩藩でかってにやって’と終始逃げ腰。

 

この本はその‘生麦事件’の顛末を描いただけのはなしではない。その後の薩英戦争、下関戦争を経ての新政府樹立までのドキュメントだ。幕末だけは半藤さんの‘幕末史’を読んだりもしたがさっぱりわからなかったのだが、本書を読んでようやくちょっとわかった。生麦、子安、神奈川、横濱、保土ヶ谷などの地名は本書の導入部のハイライトの舞台となるわけだが、俺にとってはメチャクチャ地元の地域。鼻息荒く楽しく読めたことが幕末史に理解を得ることにつながった。後続の久光が通る際には道が清められていなければならないと、藩士が虫の息のリチャードソンを陰に引きずっていって止めを刺したうえでよしずでくるんで隠し、冷静に路面の血溜まりを水で流す。吉村さんは当時の生麦村の家並図をもとにして書いている。あの道のあの場所で…とたくましく想像して戦慄する。

 

平成14年

新潮文庫

吉村昭 作

 

購入価格 : \108×2