私の文学漂流 | 健全なVINYL中毒者ここにあり

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読んだ本、買ったレコード、その他雑多なものあれこれと山小屋暮らし

 

読書に熱中した少年時代、大学文芸部時代、同人誌時代、そして作家になるまでを描いた自伝。エッセイ、とも言えるけれど、これはこれで小説だ。主人公たる吉村さんへの逆境はすさまじい。戦時下に結核で死を覚悟したこと、空襲、あいつぐ両親の病死、金銭的理由での大学退学、四度の芥川賞落選…。作家を名乗れるようになった一人の男の苦難の歴史だ。

 

とにかく書く。金はない、体は悪い、落選する、それでも書く。一度など、芥川賞に決定したとの連絡をもらったにもかかわらず、土壇場でひっくり返る。こういう他者の成功体験(結局は作家として大成したのだから)は、ふつう読むと力が湧いてくるものだ。しかし吉村さん相手では、ただひたすら敗北感に打ちのめされる。(比べるなよ!というツッコミは受けておく)

 

吉村さんが体験した困難のすさまじさを知ったとはいえ、ここまで目指すものがあるというのは幸せかもと思う。俺なんか目指す道も無く、なんとなく学校を出てなんとなく就職、なんとなく辞めてなんとなく収入を得る道を見つけている。自分の存在意義なんて何も無い、と悟るのは情けなくも寂しいものだ。かと言って、睡眠を削って体を悪くして、欲する道での万に一つも無いような成功を目指すか、と言えば、まっぴらごめんだ。どの道でも成功する人というのは、俺なんかとはできの違う人たちなのだ。

 

平成7年

新潮文庫

吉村昭 作

 

購入価格 : \108