無印で買ってきた、オルゾーラテを飲みながら、朝のネット。

洗濯機を回しつつ、今日一日に思いをはせています。

朝、出かける時に夫が「白いワイシャツ、減ってきたね。」といったので、

アイロンがけをサボっていたことを思い出し、

涼しいうちに、と思って4枚アイロンをかけました。

達成感~。

夫は、この夏個人的にいろいろあった成果、すごく成長した気がする。

優しくなった。

お互いにこの夏はつらいことがあったけれど、

乗り越えられるよう、応援したい。

まあ、どうして私が?と思わないことも無い出来事ではあるけれど、

そこは私の人としての修行と思い、がんばるだけ。

で、思ったの。

私、頑張るとか、心機一転やり直す、とか、達成させる、とか意気込む時って、

すごくカラダに力が入っていて、柔軟じゃなくなるのね。

もっと、ゆる~くゆる~く生きることを覚えたいな。

それは、怠けるとかそういう意味ではなくて。

力はいっている状態以外は、サボっていてよくないことだ、という、

小さい頃からの我が家の価値判断の刷り込みが、ここにもあるなーって気がついた。

ゆる~く、ゆる~く。

ね。

昨日は、お友達と和み系のカフェに行ってきました。

こちらの人は、いったん席につくとすごくすごく長居をするので、

まねっこすべくゆっくりしてきました。

ちょっとバスの便が悪いところにあるのですが、

実際歩いたらそんなに気になるほど遠くなく、

帰りは公園の中をショートカットしてきたので、

フィットンチッドまで味わえて、サイコー。

そうそう、その帰りに乗ったバス停は、いつも行くスーパーの至近距離ということがわかり、

今度は一人でまったりしに行こうと思った次第。

オーナーの猫ちゃんがすごく人なれしていて、

お客さんの間を悠々と歩いていて、それも面白い。

ネコ嫌いは落ち着かないかな。

わざわざ台湾に着てまで観光客が行くところではないけど、

在住者にはお勧めの和みスポットです。


相性というものに、すごくこだわっていた時期があった。

結婚前ですね。

というか、若い頃ですね。

気になる人があらわれると、必ずといっていいほど、相性を占った。

むしろ片思い中ほど、頻繁に行った。

つまり相性が気になるイコール片思い、すなわち結ばれずに終わる確率大、という公式が成り立つ。

(あくまで私の場合です)。

ところが、オットの場合は、実はあまり気にならなかった。

てんびん座だし、血液型も一般に言われる相性のいい組み合わせだし、という程度だった。

しかし付き合いが長引くにつれ、結婚が具体的になるにつれ、

合わない!とよく夫に罵られることがあり、

相性を見てもらった・・・ら、あまりよくない!!ではないか。

しかし、あまりよくない!!でも、結婚にいたっている。

今まで、この人との相性はばっちりよ、という人もいたはずなのに、

なぜか人生の長い旅の途中で、別々の方向に歩いていってしまった。

だから、相性を気にするのはばかばかしいと思う、と言いたい。

結婚なんて、縁だ。

というか、人生そのものが「縁」で出来ている。

出会う人全て、縁があって巡り合って、前世からの約束を果たしたり、

自分が成長したり楽しんだり、この人生を満喫するために、出会うのだ。

たとえその時、サイコーに嫌な思いをしたとしても、

それを味わうことを、自分で決めて生まれてきているのだ、と思った。

しかし、占い全般を否定するものではない。

良い占い師と言うものは、会った後清清しい気持ちになって、

また新たな一歩を踏み出そう、という気にさせてくれるものだ。

それこそが「縁」なのかもしれないけれど。


近所の有名店に、マッサージに行きました。

夏休み期間なので、日本からのお客さんがひっきりなしに来ていました。

私は予約を入れておいたのですが、予約無しで飛び込みで来る人も多いので、びっくりしました。

私は用心深いので、常に予約がしたい人なんです。

既に何回もお世話になっているので、名前も覚えられている私。

今日は思い切って、贅沢に全身1時間コースをお願いしました。

すごーーーーくらくになりました。

ありがとう!!

午前中にちょっと外出したら、倒れてしまうほどの疲労感や、

じんじんといたい頭痛の予兆のようなものも取れました。

月に一度は通っちゃうんですよねー。

歩いて5分だし。

顔なじみだし。

今日はおまけしてくれちゃった。

ありがとう!!!

「人生のしくみ」等で有名な、沖縄在住の精神科医越智恵子先生のサイトのQ&Aから、

著作権違反にならない程度に、ご紹介します。

家の中を心をこめて、「ありがとう!」と拭き掃除をすると、手から愛のエネルギーが出て、家の中の波動が高まるんだそうです。

近頃特に思うんですが、整理整頓てほんとうに大事だな、と。

単純にさっぱりするというだけでなく、

もし緊急事態が起きたとしても、すぐ対処できるし、

開運にもつながるという。

お掃除が大事な任務の主婦としては、とても励みになりますな。


先月の中旬以降、我が家では大変な出来事があり、

そのために、死を考えたり、ひとりになることを考えたりした。

錯乱した状態で2週間、3週間と過ぎて、そろそろ1ヶ月だ。

まだふっと、凍りつく瞬間があるけれど、それでもひとつだけ、

もしかして歪んでいるかもしれないけれど、

自分が慰められる気がする観点がある。

それは。


ずっとずっと、もしかして、私に罪があるのではないか、と思っていたのだけれど、

そうではなくて、ただ根拠があってそうなっていただけ、ということ。

それは、つらいことではあるけれど、ほっとすることでもある。

私自身、にはなんの罪も無いのだ。

それなのに、自分を責め続けた日々よ!!

よく頑張ったなあと思う。



ありがとうございます、を唱えることと、

笑顔をつくること、

そしてなんと言ってもプラスのパワーをためるべく、

掃除に励むこのごろ。


気持ちが落ち着いてきました。

そして、起きることは全てオッケーなのだいう感覚。


あと

まだまだシロートというか、未熟者の私は、

感情をいったん吐露した方が、整理しやすいということ。

泣くならとことん泣く、

嘆くならとことん嘆く、

その方がいいみたい。


実家のある地方は、お盆は新暦の7月に行う。

庭で母が迎え火をたいていたのを思い出す。


今度実家に帰ったら、ちゃんとお墓参りしようっと。

ご先祖様、ありがとうございます。

私は無事です。元気です。

五体満足ですし、どこといって痛いところもありません。

人様より遅くなったけれど、縁あって結婚も出来ました。

おじいさん、おばあさんをはじめ。

あったことも無いご先祖の皆様。

私はおかげさまで元気ですー。

ありがとうございますー。

悲しい夢を見ました。


まだ大学生だった頃の夫と、当時の車で遠くにドライブ旅行に行きました。

帰る頃になって、交通情報をラジオで聞くと、

都内に帰る道はどれもすごい渋滞で、何十キロも続いているという。

夫はその日授業があって、どうしても都内に早く帰りたいといい、

私を送って行っては間に合わないんじゃない?ときくと、

「考えてるから」といったかと思うと、車を走らせ、

坂道の下、

「あれ、何かわかる?」ときいた。

それは、もといた宿泊施設だった。

「そこからなら駅まで自分で行けるでしょう」と、坂道のした私は有無も無くおろされた。

走り去る車を追いかけたけど、見失った。

「我慢できない、我慢できない、こんな仕打ち我慢できない」という夢だった。


この夢は、何を表しているのでしょう。

昼間にも書きましたが、今日は徹底して「ありがとうございます」を言う日。

真剣にいうだけのときと、作業しながら言う時とで、多分もう1万回は越えたと思う。

集中してないせいか、劇的な変化は、まだ無いけど・・・だけど、不思議なことに、


気持ちがなぜか、前向き。

というか、ほわんと軽い感じ。

そして、いったんエラーになったADSLの接続が、何もしていないのに、突然直った・・・。


ありがとうございます、は魔法の言葉、なのかもしれない。