昨日は雨水ということで、お雛様を出しました!

 

今年は娘(5歳)と一緒に出すことができました。

 

生まれたばっかりの時は全然余裕がなかったので、ファミサポさんに来てもらって娘(0歳)を見ててもらい、その間にせっせとお雛様を出したなあ・・・・(懐かしい。)

 

それから5年、一緒に飾れる日が来るとは!

 

きれい〜♡かわいい〜♡と嬉々として手伝ってくれて、私にとってもすごく幸せな時間でした。

 

 

最近、日常のひとつひとつがとても尊く、幸せだなあと感じます。

 

前に「愛をつかって生きる」とブログで書いたけれど、そこから「愛として存在する」に変化してきています。

 

 

日常の瞬間瞬間が、奇跡なのだという感覚

 

その奇跡を、この身体を通して「私」という本質が感じている、というさらなる奇跡、

 

それが私がこの世界に生まれて体験したかったことなのだ・・・

 

という、気づき。

 

 

私の無意識にさらに光があたり、恐れや悲しみがどんどん浮上して浄化されていくスピードが上がってきています(浄化というか成仏?昇華?今までありがとう・・という感覚)。

 

それに伴って、本質がますます輝いてきたというか、存在感を増してきています。

 

目の前の出来事に反応はするけれど、それが本質ではないとわかる感じ。

 

どんどん自分を赦していくしかないという感覚。

 

赦せば赦すほど、拡がっていく本質の存在感。

 

 

その本質は、女性性、受容性ですね。

 

キーワードは、赦し、感謝、自由、力、未知の可能性、愛。

 

「私はここにいる」ことを、自分が自分で赦し存在させていくことで、本質と繋がる力が大きくなります。

 

それは自分を救うことになり、自分の世界を創ります。

 

色では、ターコイズやイエロー、オレンジ、ブルー、レッドに関連しているかな。

 

 

私がこのブログのタイトルを「alwanの世界」と決めたのはなんとなくですが、屋号であるalwan(アラビア語で“色彩、彩り”)=わたしとすれば、

 

きっとわたしは“橋本法子”という世界を表現することが

 

=生きること

 

=私はここにいること

 

=本質を生きること

 

=この命を使ってやりたかったこと

 

なのだ、とつながりました。

 

 

きっと、みんな自分の「世界」を持っていて、それを表現することが生きることなのだろうな。

 

だから書き、話すのだ。

 

絵も、音楽も、踊りも、

 

感じたこと=私の世界を、何らかの形で「存在させる」ことが癒しであり救済なのだ。

 

 

やっぱり私はどんどんこれからますます本質として生きていきたい。

 

自分の世界をしっかり感じて、受け止めて、世界の美しさと喜びを表現していきたいなと思いました。

 

それは、目の前の奇跡に心がぶるぶると震えてその尊さに涙が出る様な感じなのですが、そこに私は官能的という言葉をあてたい。

 

 

 

私の本質はここですね。

 

 

そんなことを感じた誕生日でした。

 

42歳になりました♡

 

これからがますます楽しみです。