昨日は満月でしたね。
 
満月は、浄化や満ちて溜まった物を放出していくタイミングだと言われていますが、
 
昨日あたりに感じた違和感や絶望感を感じたとしたら、そしてこう在りたいと決めたとしたら、それはあなたにとってとっても大切なことだと思うので、
 
自分を責めたり、思考で「そんなの無理」と消さずに、ちゃんと感じたことを受け取って、大事にしてあげて欲しいなあと思います。
 
 
 
私は、人間としては本当にだめというか、普通の人ができることが全然できない(そもそもこの世界のルールが理解できない)。
 
だから、いろいろ感じていても「これは私が間違っているんだ」と変換して、「正解」を探していたのですね。
 
どこにも正解はないと頭ではわかっていても、相手の表情や世間の反応でジャッジして、「多分これが正解。だって相手が喜んでくれたから」というパターンを作っていく。
 
 
女性性に目覚めていくと、自分が上のようなパターンを無意識でやっている、と気がつくようになります。
 
このパターンは、「信念」「条件付け」と言われるものかもしれません。
子どもの頃、生存するために親や周囲の反応、細胞の記憶から作られたものなので、本当にオートマティックに、呼吸のようにやっています。
 
だから、このパターン自体は全然悪いものではないのです。
だって私を安全に、生存していくために、守るために作られたパターンだから。
実際上手くいくことが多いし、社会にも適しており、自分も満足できたりします。
 
 
ですが、特に女性は「受け入れる」ように体ができており、また男性のように目に見える何かをあまり必要としないから、あれやこれやを分けずに全部、まずすごく素直に受け入れる。
 
それはとっても素敵な性質なのだけど、女性性が眠っている状態だと、そこでクリエイティブは起こりにくい。つまり本来の資質が目覚めていない。自分を生きているような気がしない。
 
人生に違和感や絶望を感じたときに、女性性は、自分が世界であること=主であることを、思い出していくのです。
 
 
今まで自分が「正解」だと思っていたものは、自分の王国の正解ではない、
 
これまではそれでよかったのだけど、母の正解、父の正解、これまで住んでいた国の正解を振り切って、自分の世界を自分で創っていく必要がある、と気づく。
 
自分の世界を創っていかないと魂の光が消える、と感じる。
 
 
話は戻りますが、自分の感じたことを消さないで大事にして欲しい、という願いは、この女性性に再び王冠(クラウン)を載せてあげることだからです。
 
パターンに守られて生きてきた女性性は、直感を信じつつも、怖い。
可能性に魅せられつつも、失うかもしれない世界を考えると「本当に大丈夫だろうか」と躊躇してしまう。
 
だから、まず自分の中で「あなたが正解だよ」と、王冠を載せてあげる。
 
そして男性性を使って、女性性が感じたことを尊重して、できる範囲から叶えてあげる。
 
それが女性性の自信になり、主としての世界を創造していくことができます。
 
 
そうなのです、女性性は「自信のなさや弱さ」と一緒に「誰にも侵されない強さ」を持っています。
 
それらは矛盾しているのだけど、両方合わせ持っているのですよね。
 
だから、ずーっと自信のなさはある(なくならない)し、あって全然普通で、それと同時に誰が何と言ってもやりたいことはやりたい、消せない炎のような力もある。
 
その炎が生命を吹き返すと、本質からの繁栄や調和が感じられるのだと思う。
 
 
女性性についての気づきが深まると、
 
お仕事ばりばり頑張っていた若い頃に、お世話になっていた上司や尊敬する経営者の方(どちらも男性)からの
 
「先輩の〇〇さん(女性)を超えられますよ。さらにすごい□□になれるよ!」
 
「この勢いで世界に君臨していきなさい。もっとやれる!」
 
という励ましに、応援してくださる気持ちは嬉しいのに、何故か違和感を感じた理由がハッとわかったのです。
 
 
男性性と女性性の目指すゴールは違うのだ。
 
男性性のゴールは「一番になること」「結果を出すこと」だから、客観的にライバルに勝つとか、超えるとか、その他大勢よりも抜きん出てトップになるという達成感を目指す。
 
でも女性性のゴールはそこじゃなくて、「自分が歓びを感じられる世界を創り満足すること」。誰かと競う必要もなく、誰もが認める結果を出していく必要もない世界。
 
結果的に、誰かを超えたり、多くの人が賞賛したとしても、それは自分の世界を創った上でのおまけのようなもので、そこがゴールではない。
 
 
当時はその違いがわからず、
 
「すごく褒めてもらっているのに、そう思えない私はおかしいのかな?」
 
と思っていたのです。
 
 
そうではなかった。
 
私の望みは、単に「自分らしく生きたい、のびのびと自由に自分らしさを表現したい」だけだったのでした。
 
言葉をくれた男性達が間違っているわけでは決してなく(感謝しています)、ただゴールが違っていた、というだけだった。
 
 
私にとって男性性は、結果を出すことにではなく、自分の女性性の望む世界をまっすぐ受け止め、真摯に創るために使うものになりつつあります。
 
女性性も、眠ったままだと、本当の望みを感じるのではなく、外に自分の感情や力の責任をおこうとする(無意識のパターンにただ反応しているだけ、傷を守ろうとする)ので、違和感や怒りや悲しみを感じた時に、しっかりと観察、意識するのが大事だなとも思います。すっごく痛いけど・・・。
 
長くなりましたが、自分の感じたことに蓋をしないで、存在させてあげて、さらに王冠を載せてあげるお話でした。
 
これは、女性性が本来の力を取り戻していくお話です。
 
私は全然人に偉そうに言える立場ではないけど(そういう人格でもない。むしろ変人)、だからこそ、自分の女性性のために書いてみました。
 
誰か必要な方に伝わりますように。
 
 
娘(5歳)が描いた絵。♡が王冠載せている!