先日オヴリヴィアの街を訪れてから、三日目の朝。
陽気で暖かい日差しと鼻先をくすぐる花々の香りにはもう慣れている筈なのに、モニカはソワソワして落ち着かなかった。しかしそれは今朝からの事ではなく、リックから手紙の届いた昨日の夕刻頃からだった。どこか落ち着かない様子の彼を見て、幼馴染みであるイヴはモニカに何があったのかと問い詰めた。
『妹が春の19日、忘れ物を届けにそちらへ向かいます。昼頃には到着する予定ですので、よろしくお願いします』と丁寧な癖のない字で書かれたその手紙を読んで、以前話に聞いたクリスティーナに会えると、当人ではないイヴが大喜びしていた。
その翌日の朝である。今日は定休日であるにも関わらず、何かしていないと落ち着かないと思ったモニカはいつも通り、花屋である店内に飾られた売り物の花を丁寧に可愛がった。
しかしそれでも、モニカは時計が気になって仕方が無かった。昼頃に到着すると書かれていたので、クリスティーナが訪れる時間まではまだまだある。
彼がソワソワしている理由もまた、クリスティーナと会って早く話したいのと、今まではリックが傍らに居たので良かったが今回は彼女と二人であるという不安からであった。
「…でも、オレとティナはもう友達なんだし、そんなに緊張することないよな!」
そう口にして気合いを入れながら店の扉を勢い良く開くと、勢いが良すぎて跳ね返ってきたその扉にモニカは顔面を強打された。
まだ朝だというのに先が思いやられる、となかなか気分の上がらないモニカだった。
時計が十三時を回っても、モニカの元にクリスティーナは訪れなかった。
小柄な彼女なので、最初は歩くのに時間がかかっているのだろうとあまり気にかけてはいなかったが、流石に予定から一時間も遅れているとなればモニカはいてもたってもいられなかった。
何処かで何か大変な事に巻き込まれているのではないかとか、腹を空かせて倒れてるんじゃないかとか、考えれば考えるほどその場に留まって待つことが出来ずに、急いで店を飛び出した。
オヴリヴィア程ではないが、この町もそこそこの広さがある。まだ道中にいる可能性もあるが、もし町に着いていたとして、入れ違いになってしまったら困るので、まずはフレゥール町内から探すことにした。
手当り次第、およそ三十分程、町内を駆け回ったにも関わらずクリスティーナの姿を見つける事は出来なかった。
一人ではキリがないと察したモニカは、もう開店を始めているであろうイヴの経営するカフェ『ファヴォリ』へと駆け込んだ。幼馴染みであるせいか、何かと一番に声を掛けやすいのだ。
「イヴ!!!」
来店のベルと共に、モニカは幼馴染みの名を呼ぶと、「あ、モニカ!いらっしゃ~い!」と緩んだ声が返ってきた。
「おう!今日もやってんな……じゃなくて!オマエ、どっかでティナを見──あれ?」
そう言いかける口を止めたのは、モニカが探していた当の彼女が、目の前でチョコレートケーキを幸せそうに頬張っていたからである。
事件に巻き込まれてるわけでもなく、お腹を空かせ倒れているわけでもなく、クリスティーナは優雅にその腹をチョコレートケーキで満たしていた。
「あ、モニカ。遅かったね。──はいこれ、キミの忘れ物だよ」
何事も無かったかのように、モニカの忘れていった袋をこちらに差し出してくるクリスティーナの姿を見るも、未だ彼は唖然としていた。暫く固まって動けないでいると、イヴが彼の好物であるいちご牛乳を用意しながら、声を弾ませた。
「いやあ~、仕入れから帰る途中でティナちゃんと行き会ってね、声掛けたらなんか道に迷っちゃってたみたいだからお昼ついでにと思って連れてきちゃった!」
手に持ったいちご牛乳をテーブルに置きながら、「ほら、モニモニも座って座って」と彼を席に促した。
一方モニカは、先程と変わらない唖然とした表情のままイヴとクリスティーナの顔を交互に何度も見た。
その場から動きそうにない彼に対してクリスティーナは再び口を開いた。
「まあそういうわけだから」
視線はチョコレートケーキへ向けたまま平然としているクリスティーナと、それをニコニコと眺めているイヴに向かって、次の瞬間モニカは大声を上げた。
「──『そういうわけだから』じゃねーよ!」
「ちょっとモニモニ!?店で大声出さないでよ!」
戸惑うイヴのその声も聞き入れず、モニカは更に続けた。
「オレさ、昼頃にティナが来るって手紙もらってずっと待ってたワケ!でもぜんっぜん来ないから、心配して町中駆け回って探してたんだぞ!」
「ティナちゃんいたんだから良かったじゃん、うるさいなあ~」
「そりゃ無事だったからよかったけど、そうじゃなくて!イヴも、ティナがファヴォリに来てるならそうオレに伝えてくれればよかっただろ!?」
「そんな事言われても、イヴだって暇じゃないんだから…とりあえずいちご牛乳飲んで落ち着きなって!」
店内で大声を出されるのを嫌がったイヴは、無理矢理モニカにいちご牛乳を飲ませに向かった。
しかしそれでも止まない二人の口論に、クリスティーナの冷淡な声が挟まれた。
「二人ともうるさいよ。ケーキが不味くなる」
それを聞いたイヴは黙り込み、モニカはイヴに押し付けられたいちご牛乳を一気に飲み干した。空になった牛乳瓶をカウンターに音を立てながら置くと、モニカはクリスティーナの横へ腰を下ろし、冷静に口を開いた。
「…大声出してすまなかったな。でもティナもティナだからな?」
チョコレートケーキを食べ終え口を拭いているクリスティーナに対し、モニカは諭すように続ける。
「オレ、ホントに心配してたんだから、それは、その…わかって欲しいっていうか…」
気まずさと恥ずかしさで段々と語尾の弱っていく彼の台詞に、クリスティーナは至って普通の顔で、モニカの目をじっと見つめて言った。
「わかってる。あたしも悪かったよ」
横暴な態度ではなく、素直に謝罪の言葉を口にする彼女に、今度は違う意味で呆気に取られた。
そうしているうちに、クリスティーナはせっせと帰り支度を始めていた。届け物は済み、腹も満たされたところでもう帰ろうと思っていたのだ。
「じゃあ、用は済んだから。イヴもありがと」
そう言うと、店の扉を引いてその向こうへと消えてしまった。
呆気に取られ、何も言えずに閉まった扉をじっと見つめているモニカに、イヴはちょっかいを出した。
「あれれ~?モニモニ、ティナちゃんの事、好きになっちゃったのかな~?あんなに熱~い視線送っちゃって~」
「ち、ちげえし送ってねえよ!!」
ニヤニヤとしながら近寄ってくるイヴのお陰で、モニカはやっと我に返る事が出来た。手元に返ってきた鉱石や宝石の入った袋をガっと掴むと、「オレも帰る!ごちそうさん!」と言い放ち、モニカもまた店を後にした。
(何だよティナの奴…思ってたよりメチャクチャ素直じゃん)
オヴリヴィアの街のある方角を見つめたまま、モニカは一人呟いた。
「なんかムカつく…!」
その晩のモニカは、どこかモヤモヤした気持ちが抜けずになかなか寝付けずにいた。
