ニューヨーク近郊、温泉の旅 ☆ハーレム日記リバイバル181号☆
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第百八十一号11/09/2002
Harlem日記
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*****ニューヨーク近郊、温泉の旅*****
友人Mちゃんと共にニューヨーク近郊の旅に出かけた。レイ(夫)はフランス出張中。
亭主元気で留守がいい!のだ。毎年恒例の女二人旅。今年はマサチューセッツのノースハンプトンにある温泉に行くことにした。
「東天」のサイトはここ
温泉っていっても、日本の温泉みたいにマグマ大使の暮らしている火山の近くにあるわけじゃなく、自然に湧き出る湯で「腰痛・肩こり」なんかに効能があるってわけでもない。
ただのジャグジー風呂。それでもツアーガイドさんの写真で見ると和風でヒノキづくりっぽい。しかも紅葉した山の中にあるし情緒ある雰囲気。
ここで温泉気分が味わえるなら、レンタカーして行ってみようぜ!ということで、ニューヨークから3時間もかけて走るのだった。「Mちゃん、そろそろヤフー・マップで見たハイウェイの出口19だよ。」と私。
<※当時はまだGoogleマップもプリントして使っていた時代>
「あれ?19がないよ。」と怪訝そうなMちゃん。
「確かに19がない。20で降りて、19付近まで戻ろう。」と私はナビゲート。
ところが19まで戻っても、ハイウェイ出口付近にあるはずのストリートが見つからない。
「ちょっとガソリンスタンドに入って聞いてみよう。」とMちゃんはガソリンスタンドに車を入れる。しばらくして店内から戻ってくるMちゃん。
「働いてるのがアラブ系の人ばっかで、場所がわかんないみたい。地図を指差して、ここにはこんな場所ないよって言うんだもん。」
「しょうがないから、別のスタンドに行ってみよう。」と私、別のガソリンスタンドへ入る。
再び店内から戻ってきたMちゃんは「またしても働いてるのはアラブ系の人ばっかだった。でもね、そばにいた客でブラックのお姉さんが、ここはコネチカットよ。
あと1時間くらいハイウェイを走らなきゃーマサチューセッツには着かないんだって・・・。ってことは、やっぱり私たちが降りる場所を間違えてるみたい。」
「・・・・・。」無口になる私。なんておバカな私たち。あれほどアラブ系の人の方向音痴さをバカにしていたけど、アラブ系の人たちが正しかった。そして再びハイウェイへと車を乗り入れる。
「紛らわしいんだよぉ〜〜〜、まったくぅ〜〜〜、同じ出口の名前をつけるなんてさ。それに、どこで州が変わってんのかわかんない。州境で、くっきりボーダーラインでも入れて欲しいよまったく。」とブツブツ二人で言い合う。
1時間後に到着した時、すでに目的地は夜の闇に包まれていた。「温泉は明日にしよう。」とMちゃんが温泉にキャンセルの電話を入れる。宿泊はB&B(ベッド&ブレックファースト)。一泊した後にわかったことだが、ここにはアメリカの有名な詩人Emily Dickinsonが住んでいたという。
エミリーの詩が読めるサイト
宿泊したB&B Allen Houseのサイト
<※なんと経営者がリタイアするからと、売りにだされている。。。>
ヘンゼルとグレーテルの物語に出てきそうな家。そして部屋に案内してくれたのも、やはり物語りから抜け出てきたような、やさしい白髪のお婆ちゃん。部屋はレースのベッドカバーにハートのクッションやら花柄の壁紙でラブリー。
酒好きでオヤジな私にはちょっぴり居心地の悪い空間。
近所で晩飯を食べる。このエリアには大学が5つもあるらしく学生街なせいか、レストランも多いし美味いところが多い。長い道のりをドライブした上に、ワインを2杯ほど飲んだせいか、さっさと次の日の温泉に備えるためMちゃんは眠りについた。
私は、その横でエミリーのポエムをしばらく読んでいたが、すぐに飽きて、高いびきをかいて眠りについた。
朝は、他の部屋の宿泊客と食事を共にする。ジューイッシュの爺さんが目の前に座っていた。爺さんは、スミス大学にて親戚がユダヤ教のセレモニーをやるので、それに参加するためにシカゴから、はるばる来たのだという。
「もともとはニューヨーク生まれのニューヨーカーなんだけどね、シカゴも住めば都で、いいところだよ。」確かに爺さんのアクセントはニューヨーカーだった。
Mちゃんが「ここにはエミリーの詩について説明がたくさんあるけど、どうしてかしら?」と爺さんに話をふった。
「ここに住んでたんだよ、詩人のエミリーは。」「そうなんだぁ〜。だからここ
には彼女の詩集も置いてあるのね。」私たち二人で感心する。爺さんは教壇に立つ大学教授のように話を続けた。
「エミリーは80年代の詩人には珍しく、感情のこもった、力強い詩を書く女性だったんだ。むしろ90年代の人たちに共感される作品が多い。だから彼女の死後に、たくさんの詩が日の目をみた。
まるで日本の俳句みたいな詩を書いてるんだよ。もちろん文の形式じゃなくって、一語一語に深い意味がこめられてる部分でさ。」う〜む、爺さんは日本の文化にも詳しいようだ。
「そういえば、この近くには『一番』っていう日系のレストランもあるよ。僕らはそこでスキヤキを食べた。君たちも行ってみれば?」せっかく親切で言ってくれてるのに、「ここまで来てスキヤキを食わなくても自宅でいくらでも食えるし・・・。」と心の中で思ってしまった。
フレンチトーストを二切れ食ってコーヒーをすすった私たちは、「そろそろ温泉へ行くので。」と爺さんに別れを告げた。
B&Bから温泉までは近かった。爺さんが話していたスミス大学の近くで、周りは道路工事中。「これじゃー露天風呂に入っても、ドドドドドーーーッって工事の音がうるさいよねぇーMちゃん。最悪だぜ。」と私。写真のような情緒ある場所じゃなく泥の混じった風塵が舞っている。
「つまり、こっちのきれいな渓谷の写真は温泉とは別の場所なわけね。しょうがない、オープンの11時まで1時間もあるし、時間つぶしに、この写真のチェスターフィールドの谷に行ってみよう。」と、私はナビゲートを始める。
ガイドに書かれてあるとおり20分チョッキリでチェスターフィールドの谷に着いた。茶色い枯葉舞う谷は、既に紅葉の時期を過ぎていて、だぁ〜れも居ない、だぁ〜れも知らないといった風に、人っ子一人、猫の子一匹居ず、閑散としていた。
「うぇ〜〜〜っ、寒い。そして川はさらに身を凍らせるぜぇ〜〜〜。」とMちゃんと共に谷を散策。それでも大自然に包まれると心がなごむ。岩にうちつける水の音がマンハッタンの雑踏から生まれるストレスな気分を癒す。
「ぐぐっ、リラックスしてると、なんだか便意をもよおしてきた・・・」と私。
「トイレはあそこにあるみたいだけど。」とMちゃんと共にトイレへ近寄ってみると、ドアもない四角い便所だった。
「いつ掃除したのかもわからないし、汚い。こんな所では、用足しできないよぉ〜。温泉まで我慢するか。」と、下腹部に突き刺さる痛みをこらえる私。「ヒロエちゃん大丈夫?」とMちゃんが心配してくれる。
〜あまりに内容がキワドイので中略〜
「Mちゃん、ここの渓谷は人生で最高ともいえる爽快感を与えてくれた環境なのさぁ〜。」と再び車を走らせていると、近くにニコヤカに笑うアメリカ人親子3人の姿があった。
あと一分遅かったら、あられもない恥ずかしい姿を見られるところだった。お互いが、最悪な旅の思い出として記憶されることになるケースだって起こってたわけで・・・。
温泉に再び戻る、客は平日で少ないのか、すぐに入れてもらえた。CDのサービスまであって、好きな音楽を選ぶ。私のリクエストでモーツアルトをかけた。ジャグジーはマッサージ効果があって疲れがとれる。
身体を洗う場所はないから、当然、腰掛けるためのイスもない。風呂につかる前に浴びるためのシャワー空間があるだけだ。「やっぱり、30分が限度だね」と二人、のぼせる寸前に風呂を出た。
学生風の可愛いバイトの姉さんに「アメリカ人の客も来るのか?」と問えば、
「アメリカ人の客の方が多いのよ。カップルやグループで来るわ。ニューヨークやコネチカット、ボストンからもやってくるのよ。」
「それにしても、日本的な空間だね。まるで日本の本物の温泉に居るみたいだったよ。」と私。
「オーナーもデザイナーもアメリカ人なんだけど、デザイナーが実際に日本の温泉に行って、そのデザインを取り入れてるの。最初は室内4つのお風呂だけだったけど、今は4つの露天風呂もある。営業をはじめてから22年になるのよ。」
お姉ちゃんは風呂屋の解説ついでに、美味しいレストランが近くにあることも解説してくれた、フレッシュパスタというビストロ。たしかに美味かった。
マサチューセッツは、短気なニューヨーカーとは違って、フレンドリーで親切な人ばかり、やっぱりアメリカ人っていい人が多いと実感。心休まる素敵な旅であった。
AIによるイメージ画像だけど東天のイメージに近いです。