山を登りきると、陽がすっかり落ちた暗闇の中、松明の灯りに照らし出された黒々と聳える大きな建物--
生まれてからずっと、建物の周りを一周するのに時間を要しない住居で暮らしていた慧子にとって、その建物はとてつもなく大きいーー全貌は判らないものの、思わず腰が引けるほどの威容を誇っていた。
建物の中に通された慧子と朝右--弟の手を痛いほど握り、何かあった時は自分が守ると自らに言い聞かせる・・
が、目の前に座っていた壮年の僧侶は、蠟燭の暗い灯りの中、二人にやさしく話しかける。
無事に着いてよかったこと、何も心配しなくてよいことを噛んで含めるように伝えてきた。
しかし、優しく話しかけられても、二人の緊張の糸は解けないーー結局、今まで通り、その僧侶を睨むことしかできない--
彼は、二人の怖い顔が緩まないことを知ると、笑顔で頷きながら横を向き、手招きするしぐさを見せた。
すると廊下から、何者かが静かに入ってくる。
そこに誰かがずっと座っていたことにも気づいていなかった慧子が振り返ると、その目に飛び込んできたのは
もう二度と会えないかもしれないと思っていた、そしてあんなに楽しい日々を過ごさせてくれた
若き修行僧の姿だった・・・