BC800年代は、第22王朝の半ば頃と、※第23王朝の
一時期を含んでいる。
※第22王朝最後のファラオ、シェションク5世の死とともに
エジプトは、多くの部族国家が並列する状態に崩壊してしまう。
※シェションク もしくは ショシェンク
物語に引用した
『シェションク』
という王名に関して、 昔は「シェションク」となっていたが、
現在は古代エジプト語からの音価復元により『ショシェンク』
に統一されるようになった。
この時代の歴史に関して、碑文等が残っていることから、かなり
具体的な内容が分かっている。
とはいえ中には、ほとんど資料が存在しないファラオや、検証も
されていないままのミイラもある。
今回は残念ながら、コダイが書いてきた物語に一致するものを
見つけることはできなかった。
が、ファラオ名を『シェションク』としたように、調べた中で
視えたファラオに最も近いと思わせたのは
シェションク2世
だった。
理由は、統治が2年と短かかったこと(第22王朝 BC887-885)と、
頭の傷を原因とする敗血症性感染症?が死因だったと書かれて
いたことからだった。
(左前方から倒れてきた柱は、彼の頭部を含む左半身を襲った)
また、冒頭のアンケセンが建てた神殿は、
アメン(古代エジプトの太陽神)
を祭る神殿であり、第22王朝も統治者がアメン大神官の地位を
任ずるという事が続いていた。


