見える建物は、下の写真のようなものばかりで
子どもの頃あまり勉強をしなかった私は
それらが
寝殿造り
と呼ばれる平安時代の建築様式だということを
すっかり忘れていた。
姓を
橘(たちばな)
と云う。
この前世を初めて見た日に、この名前を見た。
同時に
楠木(くすのき)
という名も見えていたがーー
この時は、漢字が似ているだけのことで
関係ないだろうと思っていた。
名前は、香 の字と 元 の字が見えたが
はっきりしなかった。
日本人の前世は3回目だが
姓 が見えたのは初めてだ。
そして、この名前を何気なくネットで調べた時
(たしか、平安時代、橘 といったキーワード
で調べたと思う)
マクシミリアンとローザ
以来の大きな衝撃に包まれたーーー
平安時代の歴史に詳しい人なら、すでに知っている
ことなのかもしれないが、わたしは
四姓というものを知らなくて
源(みなもと)平(たいら)藤原以外の姓
が存在することを初めて知った・・・!
ーー以下ウィキペディアからの引用
橘氏(たちばなし)は、古代日本に活躍した氏族。
和銅元年(708年)、県犬養宿禰三千代が
元明天皇から橘宿禰(たちばなのすくね)の氏姓を
賜ったことを淵源とする。
その子、葛城王が橘諸兄へ改名した後
諸兄の子孫は橘氏を称した。
諸兄は、初め橘宿禰の姓を受け、その後
橘朝臣の姓を賜与された。
平安時代に入ると、橘氏の多くは橘朝臣を称した。
いわゆる四姓
源 平 藤 橘 の一つ
であり、平安時代中期まで代々公卿を輩出したが
その後は橘氏公卿が絶え、以後振るわなかった・・・
そして、この橘氏の後裔に
楠木正成
が存在するとした家系図までが
ネットで紹介されていたのだ・・
