新学期が始まり、クラス替えの季節だ。

 私は高校時代にクラス替えを経験したことが無い。

 もう15年以上前の話だ。当時の記憶を辿ってみる。

 クラス替えを経験しなかった理由は、私が高校一年生にして中退したからだ。その一年間の僅かな高校生活を思い返すと、そのほとんどの時間を窓際で過ごした気がする。

 別に友達が居なかったわけでも、クラスの中で避けられていたわけでもない。

 最初は名前順で終わりの方だったから必然的に窓際の席だった。席替えが行われると、私はまたしても窓際の席で、その後の席替えでも再び窓際だったと記憶している。

 今思い返してみれば、担任の先生が私に対して気遣って下さっていたのだろう。窓際は空を眺められるし、全方位を生徒に囲まれる位置でもないから気が楽だ。

 担任が何故私に配慮してくれたのか。それは、私は入学して早々に体調が悪化し、週に数回しか教室に通えなかったからだ。

 耐え難い日々だったが、辛かったのは病状だけじゃない。当時の自分にとってのアイデンティティだったスポーツもできなくなり、家に帰れば人間の屑である愚かな兄と父がその有害さを遺憾なく発揮していた。

 そして藁にもすがる想いで病院へ行くと、そこで私は一時的に薬漬けにされた。藁に縋った結果、酷いヤブ医者に辿りついてしまったんだ。

 私に心安らげる場所はなかった。

 結局どっちを向いてもお先真っ暗で、希望などなかった。目に映る景色全てがどんよりと暗かったはずなのに、記憶の中にある窓際から眺めた東京の空だけは青々しく、とても綺麗だった。

 記憶は時と共に美化することもあるから、おそらく当時の感覚に忠実な記憶ではないだろう。

 それでも私が黒板でも教科書でもクラスメイトでもなく窓際から空をひたすら眺めていたのは事実だ。何故空ばかりを眺めていたのか、この記事を書いていく中でその理由がわかった気がする。

 私は、無意識のうちに地上ではなく天にある魂の故郷を恋しく感じていたのだろう。

 何かしらの使命を携えて天から地上に降りたはいいものの、その地上世界はあまりにも残酷で、悪意に満ちていたため、思わず魂が天に帰りたがっていたんだ。

 

 ああ、今振り返っても過酷な青春時代だった。

 高校一年の冬。出席日数の不足により進級できないことが確定し、担任から父にも伝えるようにと強く促された。

 父は昔から頭のおかしい凶暴な人だ。覚悟を決めてその旨を伝えた。父は、私に対し発狂しながら怒鳴り散らかし、最後に「死ねばいい」というような内容の言葉を放った。

 心身がボロボロになって学校へ通えなくなる程に極限まで耐え抜いて努力してきた16歳の少年に対して、はたして人間がやることだろうか。

 惨めな兄よ、あなたも同類だ。発作で苦しんでいた受験前、私に連日嫌がらせを繰り返し、毎日何十回と私に「死ね」と繰り返し暴言を浴びせていたが、それも人間のやることではない。

 このように人間の皮を被った醜い存在たちに囲まれ、あまつさえ住む土地には神の祟りが災いしているときたら、それは誰だって地上任務を放棄して天に帰還したくなるはずだ。

 

 よく今まで無事に生きてこれた。

 

 暗い記憶ばかり綴っていると記事そのものもどんより重くなってくる。

 なので当時の他の思い出にも浸ってみよう。

 自慢ではないが、私は高校へ入学して間もなく、ちょうど今日と重なる時期に、ある意味人気者だった。

 女子から見て容姿がとても好評だったようだ。

 毎日教室の入口に他のクラスの女子生徒たちが群がっていて、何の騒ぎかと思っていたら、ある日その中の一人から手紙を貰った。

 どうやら同学年中の女子生徒たちが私を見物しに来ていたらしい。そのことに手紙を渡されるまで気付かなかった私は、つくづく鈍感で女心に疎い間抜けな男だと思う。

 手紙は直筆で綴られたラブレターで、連絡先も記されていた。

 その子とは池袋で水族館デートまでしたものの、最終的にその子からの告白を断ってしまい、付き合うことはなかった。私は、同じクラスの他の女の子に恋をしていたからだ。

 一般的な男子なら、本命とは別の女子から告白されたとしても、遊び感覚で付き合っていただろう。しかし愚直で誠実だった私には、それはできなかった。告白してくれた人の気持ちをもてあそぶくらいなら、正直に他に好きな人がいることを伝えてお互いさよならをした方が正しいだろうという判断だった。

 だが、その判断が本当に正しかったのかどうか、未だに確信がない。

 私に手紙をくれたその人は、屈託のない笑顔がよく似合う、温かくて心やさしい女の子だったんだ。

 去年こちらへ移住して、荷解きの最中に古いものを整理していたら、たまたまその子と一緒に撮ったプリクラが出てきた。保管するつもりはなかったが、古い入れ物に挟まってそのまま気付かず15年以上も経過していたようだ。

 こんなものをいつまでも持っていたら相手にとっても気持ち悪いだろうと思い、手早く破棄しようとしたその時、先に記した思い出やその人の素敵な人柄を思い出し、一瞬留まった。

 そして「こんな俺を好きになってくれてありがとう。君の気持ちを受け止められずごめん。どうか幸せに」と心の中で囁き、思い切って破棄した。

 ついでだが、その人の告白を断り、その後本命の人に私が告白したことも書いておこう。

 結果はフラレた。

 相手も私の好意には全く気づいてなかったそうで驚いていた。

 おまけに高校を去る間近になってヤケクソ気味に気持ちを真っ直ぐ伝えたものだから、賢い告白の仕方ではなかった。

 そんなことを、私は二十代の半ばまで繰り返してきた。恋愛が下手すぎる自分に今でもうんざりする。

 イケメンすぎて羨ましいだとか、女性を選ぶのに苦労しないでしょ?だとか色々言われるが、その実態はこんなものだ。

 私の恋愛経験値など平均に及ばないどころか、ほぼ底辺に位置していると思う。

 おまけに二十代後半はどん底の療養生活をし、まともな恋愛すらできず気づけば三十代前半だ。

 今でも当時の夢を見る。中学・高校・大学と学生だった頃の夢を。

 そして夢の中で私は現在のこの年齢で学生生活をやり直そうとする。

 私は学生時代に戻りたいなどと情けない考えは一切持たないが、心の奥深くに未練はあるのだろう。

 そして現在の私の中に、教室に毎日通えず学校を卒業できなかった過去の私が、今も浮かばれずに存在する。

 私は、無念だった過去の私を成仏させてやりたい。

 その方法は、現在の私が心から幸福になることだ。それ以外にない。