バイル煮込みルンゼ定食

山岳同人青鬼所属 「我々は鬼のように飢えている」



レッドポイントグレード 外岩5.12b インドア5.12a

オンサイトグレード 外岩5.11c インドア5.11d

ボルダー 外岩1級 インドア3級

  • 07Aug
    • 剱岳早月尾根

      剱岳早月尾根ワンディ単独馬場島4時発→早月小屋8時→剱岳11時半→馬場島18時水2.5リットル消費馬場島はヤブ蚊が酷い。

  • 24Jun
    • 気仙沼

      母の追悼ミサをして頂きました。ハレルヤ気仙沼ハレルヤ母の故郷

  • 04Jun
    • 母の逝去について⑤

      母の死に纏わる悲しみについて悲しみの正体を考えてみた。死は全ての人に訪れるものであって、特別なことではない。忌むべきものでなく、時に笑顔で送り出すべきもの。ならばこの悲しみは何か言うまでもない母を孤独死させてしまったことの悲しみその罪過忸怩たるもの元気だったから油断していた。自責の念それに母の人生はまだこれからだと思っていた。昨年に父が死に母は父の看病から解き放たれた。これからは故郷の気仙沼にも自由に行ける。第2の人生を楽しめばいい。弱ってきたら自分が面倒を見るつもりだった。老後の親孝行くらい厭わないつもりだった。何も果たせなかった。挙げ句が孤独死だ。ごめんよごめんなさい。孤独死させてしまうってこんなに悲しいものなのか

    • 母の逝去について④

      昼前だったと思う。葬祭会社の方が来た。今後の段取りについて、遺体に痛みがあるため(腐敗を防ぐため)火葬は早いほうがいいと。けど火葬場や諸々の都合により、火葬式は5日後となった。死亡の事実まもなく、事務的なことをこなさなければならない違和感を、仕方のないこととして受け止めるしかなかった。その後、自治会長さんや近所の方にご挨拶に行ったり、親しかったであろう方々に逝去の事実を電話で伝えたり。そして冷蔵庫の中身の処分。残されたナマ物が異臭を放っていた。寝室の死臭より冷蔵庫のほうが強烈だった。ひとりになると感情が抑制効かなくなる。込み上げる思いがきつかった。喪服を取りに行かなきゃいけない。明日の夜には佐久へ帰ろう。

  • 03Jun
    • 母の逝去について③

      警察署を後にしたのは0時を回っていた。明日朝に検死が入るので、翌朝再び警察署へ行くことになっていた。府中駅近くのコインパーキングに車を入れ、車中泊することにした。寝袋なら積んでいる。母の遺体が発見されたばかりの家に行くことに、覚悟がまだ固まっていなかった。起床後、再び警察署へ。担当刑事からの説明鍵は二重ロックされていたし、チェーンロックもしてあった。そのため事件性はなし。ちなみに鍵は鍵屋に依頼して解錠し、チェーンは切断したとのこと。寝室の扉は閉じられていた。寝室前にはスリッパが揃えて置かれてあった。パジャマ姿ベッドの上で息を引き取っていた。電気毛布がオンになっていたため、背部の損傷が大きい。続いて、検死を終えた医師からの説明を聞く。死亡日と死因の推定。死後1週間程度。死因は急性心筋梗塞と思われる。状況からすると、苦しまずに亡くなったと思われると。生前契約していた葬儀会社が、母の遺体を引き取り、遺体安置施設へ行ってくれた。自分は警察署を後にして、実家へ向かった。実家鍵を開ける。死臭は僅かにしか感じなかった。寝室の扉を開ける。多少の死臭。それでも想像していた程ではなかった。ベッドには痕跡。再び慟哭。母を孤独死させてしまった。何ということだ。嗚呼

  • 02Jun
    • 母の逝去について②

      警察からの電話を受けたのは、清里あたりだったと思う。清里から佐久への道のりのことは覚えていない。佐久の自宅に戻り、東京へ向い、警察署に着くのは23時過ぎだろうと思った。自宅へ戻り、妻の助言通りシャワーだけは浴びて、それから東京へ向かった。府中警察署へ着いたのは23時半頃だったと思う。面談室で写真を見せられた。「お母様で間違いないですか?」「はい」遺体安置室で、冷たくなった母と会った。慟哭こらえていたものが溢れ出した。

    • 母の逝去について①

      その日、僕は妻と二人で、八ヶ岳の氷瀑登攀だった。下山中に携帯が鳴った。実家の自治会の会長さんからだった。「回覧板が取り込まれていない」異変の発生独り暮らしの母の家で、回覧板が取り込まれていないとは、つまりそういうことだった。そのときの僕の心情は、うまく言葉に言い表せない。異変が発生している事実を正常性バイアスでうち消そうとしていたのだろう。“旅行にでも行っているのだろう”咄嗟にそう思った。実際、母は「暖かくなったら気仙沼(故郷)に行ってくる」そう言っていた。親戚関係に電話してみる。いずれも「来てない」「聞いてない」という答えだった。他の可能性を考えてみる。けれどそのどれもが可能性の薄いものだった。新聞配達店に電話をしてみた。ここで絶望に落とされた。「〇〇日頃から新聞が取り込まれていない」「取り込まれず溜まっていたから回収していた」迷いの果て、警察に架電「母が家の中で倒れているかもしれない」自分はいま長野県であることを伝え、駆け付けるには時間がかかるから、鍵を壊してでも中に入って安否を確認して欲しい。そう伝えた。頭の中ぐるぐる警察からの折り返しを待つ時間は、とても長く感じた。警察からの折り返し電話を受けた。「家の中で亡くなってました」愕然まさかまさかそんな

  • 11Oct
    • 台湾 DAYS5(10/8)

      台北5日目今日は帰国日、のんびり起きてホテルで朝食を済ませ、MRTで台北桃園国際空港へ。行きと同じくキャセイパシフィック航空。13時発成田17:20着控えめに言って最高の5日間でした。りーさんくみさんれんせー君そして妻お世話になりました、この旅が楽しかったのは皆のおかげですョ。ありがとう。また行きましょう!!!おまけ高速を鶴ヶ島で途中下車し、焼き肉店「和味」で夕食。いいお肉で旅を〆。

    • 台湾 DAYS4(10/7)

      台北4日目りーくみ家族は一足先に帰国、僕と相方はもう一日滞在し市内観光(というか食べ歩き)まずはホテル近くのファーマーズマーケット「希望廣場」を散策。その後MRTで台北車站へ行き、ポケモンGOしつつ新光三越へ。相方はお目当ての食材を見つけ満足。三越から近くの城中市場へ行き散策、この市場は衣類が多い。何も買わず。城中市場から二二八和平公園を抜け、台北なんとか院駅からMRTに乗って中山車站へ。ここでもポケモンGOしつつ散策。台北中山はさながら南青山のような街で、有名ブランドのアンテナショップも多い。お昼ご飯はお目当ての「青葉台湾料理店」へ。豚角煮とフカヒレとカニおこわを堪能。昼食後は山道具屋「登山友」を再訪、ハンガー五個とマイロン四個購入、ジャスト1,000元。安いよね。さて、行き当たりばったりノープラン旅の僕ら。行っても行かなくてもどちらでもいいや、と思っていた故宮博物院へ行ってみることにした。せっかく台湾に来ているのだから、ね。登山友からタクシーを拾って故宮博物院へ。意外と市内から離れていてタクシー代350元かかった。故宮博物院、中華文明の歴史に疎い僕でも、展示されている秘宝の数々は目を見張るものばかりで、度々圧倒された。特に象牙多層球は驚嘆ものだった。故宮博物院は行ってみて大正解でした。(写真は有名な肉形石)帰路はバスで士林車站、MRTに乗り換えて再び中山車站へ。足が棒状態だったのでマッサージを受けることが苦手な僕も足裏マッサージへ行くことにした。初の台湾足裏マッサージは痛すぎず丁寧な施術、足スッキリ。さて台湾最後の晩餐は火鍋「天香回味」へ。とても美味だったが冷房が寒すぎた。お昼の青葉も冷房強めだった。台湾の飲食店はカーディガンなどを忘れず持参したほうが良いね。コンビニでワインを買いホテルへ戻る。ワインは日本のほうが圧倒的に安い。飲んだくれながら台湾最後の夜は更けていった。

  • 10Oct
    • 台湾 DAYS3(10/6)

      台北3日目本日は龍洞攀岩へ。AM7時過ぎにホテルを出発。MRTで台北車站へ行き、台北車站バスターミナルからバスで基隆へ。基隆へは電車でも行けるが今回はバスをチョイス。基隆にはコンビニもスーパーもある。基隆からはタクシーを使った。龍洞攀岩に着いたのは9:30近く。まずは「BACK DOOR」へ。途中フィックスも張られたアプローチを降りて行く。釣りや観光の人も多くいた。子連れのりーくみ家族にはちょっと辛いアプローチだった、このエリアは一時間程度の滞在と決める。さて岩場へ着きトポとルートの同定をするが、さっぱり一致しない。どうやら地下1樓と思っていた所は地下2樓だったようだ。ようやくルートが同定でき、さあ10aから登ろう、と思って準備したところ、よく見ると一本目のハンガーにドクロマークが!どうやらこの10a「CowboyArete」から右側は大規模な崩壊があった模様。取り付きには大岩がゴロゴロしている。仕方ないのでちょっと左の10dを触ってみるも、10dなのに出だしからいきなりのボルダームーブ、あっさり諦めて一時間と決めた滞在を早々に切り上げて移動することに。遊歩道を歩いて「Scool Gate」エリアへ。遠いかと思っていたが15~20分程度歩いたら着いた。近い。Scool Gate Cragでは「OH!」5.8と「「Stepover」5.10bを皆で登った。2本だけだったけど、僕は満足だった。台湾で初のクライミングを無事終えることができた。岩場の様子もアプローチも分かった。とてもいい岩場だったし出会ったクライマーも皆親切だった。また来たいと思えたことが何よりの収穫だった。帰路、くみさんがアイフォンを紛失していたことに気付く。行きのタクシーの車内で無くしたかもしれない。アイフォンを探すため残念ながらりーくみ夫妻とはここで別行動となった。一緒に探しに行こうか迷ったが全員ではかえって動き難いだろうから、僕と相方は当初の予定通り九份へ行くことにした。申し訳ない気持ち。バス停でバスを待っていたらタクシーが来たので利用、僕と相方は瑞芳車站で下してもらい、そこから金瓜石行きのバスで九份へ。60mロープの入ったザックを背負って九份を散策。九份は中国人観光客と韓国人観光客と日本人観光客で大混雑。けど夕闇に映える赤いランタンの街は夢の舞台のようだった。行って良かった。「戯夢人生茶飯館」で夕食。豚角煮とモツ揚げと海老焼売と炒飯、そして台湾ビール。食べすぎたけど大満足だった。再びバスで瑞芳車站へ、そこから台湾鐡道で台北まで一時間程度。ホテルに着いたのは23時過ぎ。シャワーを浴びたら早々にダウン。疲れたけど大充実の一日だった。

    • 台湾 DAYS2(10/5)

      台北2日目ホテルでも朝食は頂けるが、せっかくなので台湾の朝食「豆漿」を食べようということで、ホテルから至近距離の「阜杭豆漿」へ。ガイドブックに欠いてある通り朝から行列。初めて食べる豆漿の味は・・・でした。朝食後は台北市外へ行きマッサージ店へ向かう、が、自分はマッサージは苦手なので遠慮した結果、この旅唯一の単独行動時間となった。ポケモンGOを起動しつつ、割と近くにあった国立台湾博物館へ。国立台湾博物館は、故宮博物院が中国4000年の歴史的所蔵物を展示しているのとは違い、台湾の原住民である高砂族のことや、日本による台湾統治時代の児玉源太郎や後藤新平の功績、また森互之助による精緻な現地調査についての展示が主であり、興味深く拝観させて頂いた。ほどなくしてマッサージ後の3人と合流し、登山用品店の「登山友」に向かうが、営業開始が11時過ぎらしいので、マンゴーかき氷を求めて昨日も行った問屋街近くの店へ。マンゴーかき氷美味でした。その後改めて「登山友」へ。ウェア一着と龍洞攀岩のトポを購入。「登山友」は安い物もあるが登攀具などの価格は概ね日本と同等。但し台湾ブランドのClimbXは安く、クライミングシューズはだいたい日本円でどれも一万円以内のものばかり。迷ったが今回は見送り。登山友を出て、タクシーで東門駅近くの小籠包の店「鼎泰豊」へ行く。が、かなりの行列なので「鼎泰豊」を断念。徒歩で「杭州小籠湯包」へ移動。これがとても良い店で、どの小籠包も美味だった。大満足。「杭州小籠湯包」が中正紀念堂の近くだったので、せっかくだから中正紀念堂を見学することに。蔣介石の座像はともかく、衛兵の交代式が見られたことは興味深かった。他国の軍人の規律を見られる機会などそうそう見られるものではない。中正紀念堂の次はタクシーで東門近くにあるデカトロン(Decathlon)へ。日本でいうスポーツデポのような店舗。但しメンバーシップ限定のお店。ここで相方が果敢にも会員登録に挑戦する。日本の電話番号の登録ができなかったりアプリのダウンロードができなかったりと苦戦するが、最後は会員登録画面のQRコードを店員に見せることで無事解決。コンパクトザックなどの買い物を無事済ませることができた。デカトロンの後は再びタクシー利用、迪化街へ向かう。迪化街は布や乾物の豊富な市場。相方はここで乾燥白キクラゲと乾燥タピオカを購入。乾燥白キクラゲはあちこちの店で見かけたので、台湾ではポピュラーな食材なのだと思う。さて買い物を済ませてタクシーで一旦ホテルへ帰着ほどなくしてMRTで劍澤駅へ行き、士林観光夜市へ。子連れのりーくみ家族は早めにホテルへ戻る。僕ら二人はもう少し夜市を回ってからホテルへ戻った。台湾二日目の夜は更けていく。

    • 台湾 DAYS1(10/4)

      3連休+有給で台湾旅行へ行くことに。10/3の仕事後、19時ちょっと前に佐久を出発、22時ちょい過ぎに成田ビューホテルにチェックイン。上階のフレンチで食事。ちょっと酔っぱらって就寝。10/4、成田空港で、この旅を共にするりーくみ家族と合流。(但し航空便と宿は別)10時フライトのキャセイパシフィック航空で出発。実際は少し遅れて10時半頃離陸。13時過ぎに台北桃園国際空港に到着。空港で5日間分のプリペイドSIM(亜太電信)を購入、250元。通信は安定しててストレスなく使え、とても便利だった。加えて日本のSUICAに相当する「悠遊卡」を購入。駅では日本語対応の券売機でチャージが可能。空港からMRTで台北車站へ。快速に乗ると早い。台北の地下街には商店やフードコートがある。それらを横目に問屋街近くの露店で水餃子を頂く。台北初の飲食。安くて美味。飲食後、MRTで宿泊地の善導寺駅に移動し、HOTEL COZZY 台北忠考館にチェックイン。りーくみ家族は別のHOTEL。HOTEL COZZY 台北忠考館は清潔感・対応・サービスなど満点と言っていいHOTEL。四つ星だけのことはある。https://hotelcozzi.com/ja/%E5%8F%B0%E5%8C%97%E5%BF%A0%E5%AD%9D%E8%88%98/りーくみ家族と再合流し、タクシーで寧夏観光夜市へ。夜市はビールの販売が無いと聞いていいたので、ホテル横のコンビニで台湾ビールを購入してから出掛けた。台北の夜市を満喫。ホテルへ戻り就寝、台北初日を無事終えた。

  • 23Aug
    • 8/22 台風9号

      2016/8/22 台風9号たまたま東大和へ帰った際に台風の直撃に遭う。写真は冠水した新青梅街道、武蔵村山付近。高速道路も閉鎖されたため瑞穂町のネットカフェに避難。夕方には復旧した。

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