第二部越前、奥飛騨編
(★東尋坊・丸岡城・大本山永平寺・越前大野城・白川郷/飛騨高山)







前夜10時過ぎに寝たものの、やはりやや睡眠不足は否めないが眠い瞼をこすりつつ走るにつれてやや足取りが軽くなり、夜明け前の湖は不気味であるが、背後の温泉街のネオンが輝き幻想的です。


昨夜泊まったホテルは加賀市の片山津温泉で、美しい柴山湖を展望できる部屋から日本海も見渡せて素晴らしい光景でした。サイクリングロードは整備され走り易く、桜並木は満開で気持ち良く走り抜けました。温泉街手前の小高い山に愛染寺があり階段を上り此処から見下ろす風景も美しい。



2日目最初の予定地は、東尋坊です。午前8時20分ホテル発、9時10分東尋坊着、土産屋さんの通りから直ぐに日本海の荒々しい断崖絶壁が現れました。ここは、良くサスペンスドラマなどで登場する自殺名所地でもあり、格好のロケーション地だと感じますね。



※東 尋 坊
荒々しい岩肌の柱状節理が延々と1kmに渡って続く勇壮そのものの東尋坊は、国の名勝・天然記念物に指定されています。なかでも岸壁の高さが20メートル以上に及ぶ大地の断崖は勇壮というより壮絶で、日本海の荒波が打ち寄せる姿は恐ろしいほどの迫力です。遊覧船ではライオン岩、ろうそく岩など自然の造形が目を楽しませてくれます。
その名の由来は昔、東尋坊と言う悪事を働く暴れん坊がいて、他の僧侶達が東尋坊の悪事に手を焼いて皆で相談し、酔いつぶれた東尋坊を皆で担いでこの岸壁から突き落としたことから由来されたそうです。



東尋坊を後に次の目的地、福井市内の丸岡城に移動しました。途中、あわら市外の田園地帯がのどかな風景でした。午前10時過ぎに福井市内の到達、賑やかな市内を進むと平山城の名城・丸岡城が現れました。


※越前丸岡城
丸岡城は、現存天守閣では最古の建築様式を持つ平山城で、霞ヶ城の別名の通り、春満開の桜の中に浮かぶ姿は幻想的でひときわ美しい。
戦国時代の天正4年(1576)一向一揆の備えとして織田信長の命により柴田勝家が甥の勝豊に築かせました。園内には400本のソメイヨシノが植えられ、日本のさくら名所100選に認定されており、4月には城下で丸岡城桜まつりが行われます。丸岡城は柴田勝豊によって築城され、国の重要文化財です。外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣で石垣は”野づら積み”という古い方式で、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨に崩れる心配がないといわれています。




さすがに日本最古の天守は古いけど荒々しい男らしい風格に溢れた名城ですね。内部は狭いけどがっしりした柱が張り廻られさ、急階段を登って最上階の天守からの眺めは、福井市内全てが見渡せました。
サクラの花も見事に配置され、桜との鮮やかなコントラストが印象的です。

福井市に別れを告げ、次の永平寺に向かう途中、偶然、えちぜん鉄道勝山永平寺線・永平寺駅の脇を通り過ぎたとき、駅のホームに昔懐かしい除雪列車の機関車「鉄機・522型」が止まっていました。


そして多くのSLファン達がこの車両を撮影しています。聞くところによれば、今年でこの車両も最後の操業運転になるそうです。ハリーはSLファンで無いので解りませんが大変興味深く感じました。





※大本山永平寺
永平寺は、今から約760年前の寛元2年(1244年)、道元禅師によって開創された出家参禅の道場。大佛寺山に拠って、渓声山色豊かな幽邃の境に七堂伽藍を中心とした大小70余棟の殿堂楼閣が建ち並んでいる。
今もつねに2百余名の修行僧が、日夜修行に励んでいる。境内は約10万坪(33万平方メートル)の広さをもち、樹齢700年といわれる鬱蒼とした老杉に囲まれた静寂なたたずまいは、出家道場として誠にふさわしい霊域である。
今もつねに2百余名の修行僧が、日夜修行に励んでいる。境内は約10万坪(33万平方メートル)の広さをもち、樹齢700年といわれる鬱蒼とした老杉に囲まれた静寂なたたずまいは、出家道場として誠にふさわしい霊域である。



何となく静粛な趣に緊張感も感じました。しばし散策後、近くの土産屋さんでランチタイムは、手打ちそばセットを注文、越前そばの、のど越しの良い麺が美味しい!!

次の目的地・越前大野城まで国道158号線を移動、トンネルや急なカーブが多くハンドルさばきも疲れました。やがて、田園地帯の奥に小高い山があり、越前の秘境、天空の城・越前大野城の優美な姿が目に飛び込んできました。


因みに天空の城は各地に点在し、岡山の竹田城や備中松山城も同じように言われています。何処の城であれ、天空に浮かんだ姿は幻想的ですね!!

※越前大野城
越前大野城は、大野盆地にある標高約249mの亀山に築かれた平山城です。現在の天守は、昭和43年に絵図や同時代の城を参考に再建されたもので、内部には歴代城主の遺品が展示されています。 亀山は史跡公園として遊歩道も整備され、4ヶ所の登り口があります。 頂上にある天守からは、遠く白山連峰を望むことができ、眼下には北陸の小京都と呼ばれる市街地を一望することができるため、城下町を見下ろす古(いにしえ)のロマンを感じることができます。

★歴史
安土城が築城された前年、天正3年 (1575) 頃、織田信長より大野郡の3分の2を与えられた金森長近により、5年の歳月をかけて築城されました。 土台となる石垣は、自然石をそのまま積み上げた野面積み(のづらづみ)という工法で作られています。

駐車場から急な階段を300段位でしょうか?登り切ると頂上部に天守が控え、そのわきにお福池がありました。今回は時間の都合で城内見学はしませんでした。悪しからず!! 亀山一帯には多くの木々と桜が埋め尽くし優美な美しい城郭のイメージでした。





白川郷ICを下車、ここから直ぐに白川村に入って世界遺産白川郷の美しい風景が目に入りました。午後5時過ぎ到着、何とか駐車場を確保、徒歩にて散策を開始。




※白川郷
合掌造りの建物が最も多く残る地域で、大小あわせて現在100棟余りある。合掌集落の規模としては全国で最大で、国の伝統的建造物群保存地区に選定されている。平成7年12月世界遺産に登録された。今も実生活の場として使われているところに価値があり、それが他地域の合掌民家集落と違うところである。白山山麓の自然を背景とした集落の景観は、俗界と切り離された仙境のよう。




約40分の短い散策を終えて、本日の宿泊地・飛騨高山温泉郷に向けて車を飛ばしました。再び高速にて移動、約1時間30分程で午後7時過ぎに高山市内に到着、ああくたびれた!! 肩はこるし腰も痛い!!




疲れた体でくたくたで温泉に入りました。お休みなさい!!


