こんにちは ハリーです。

今年もラスト1Dayとなりました。今日は、お馴染みハリーと愉快な仲間達4人組で、
恒例・那珂湊さかな市場に散策と美味しい海の幸満腹ツアーに行ってきました。
栃木を午前8時30分にスタート、北関東道路を一部使用し、ひたちなかICを下車、
目指す那珂湊の市場駐車場に10時過ぎに着きましたがすでに超満車状態。さすがにこの年の瀬は最高に稼ぎ時で県内県外から多くの買い出し族がどっと押し寄せ最高の活況状態でした。



栃木県は海無し県なので、海の幸と聞くともう新鮮なお刺身料理が目に浮かび、買い物よりも食い気ばかり夢中になっちゃいます。適当に買い物を済ませ、一番人気の魚問屋・森田水産の2Fレストランに直行、新鮮な海鮮丼や刺身定食コース、マグロの窯焼きを注文、宇治ちゃん、きむちゃん、ミータと上機嫌のカンパーイ!!!ゴクリと意に流れ込む生ビールとマグロ、ネギトロ等新鮮なお魚君が山盛りの料理に極楽気分でした。やはりその日に獲れた魚の味は一味違いますね。今年も食べられて大満足!!!





さかな市場を後に、特にコースは決まっていなかったのですが、昨年、BS放送で
見ていた塚原卜伝が脳裏に浮かび、そうだ剣豪・塚原卜伝の誕生地に行こうという訳で、鹿島方面にハンドルを向けました。目指すは、もちろん鹿島神宮です。
国道51号線を約40km進むと、鹿島神宮の鳥居が現れ、厳かな神殿への参道をたどりました。巨木の松並木群が壮大で厳粛なムードに包まれています。


鹿島神宮は、日本建国・武道の神様である「武甕槌大神」を御祭神とする、神武天皇元年創建の由緒ある神社です。皇紀元年(紀元前660年)の創建と伝えられ、東国三社の一つにも数えられている名社です。ご祭神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)、武の神として古くから皇室や藤原氏の崇敬を受け、鎌倉期以降は武家政権から厚い信仰を得ました。

●楼門
寛永11(1634)年、徳川頼房公が奉納したこの門は「日本三大楼門」の一つ。緑の中にひときわ朱色が鮮やかです。なお、「鹿島神宮」の扁額は東郷平八郎元帥の直筆によるものです。
寛永11(1634)年、徳川頼房公が奉納したこの門は「日本三大楼門」の一つ。緑の中にひときわ朱色が鮮やかです。なお、「鹿島神宮」の扁額は東郷平八郎元帥の直筆によるものです。


●本殿とご神木
社殿は元和5(1619)年、徳川秀忠公より奉納されたもので、桃山期の極彩色が鮮やか。本殿・幣殿・拝殿・石の間のいずれもが国の重要文化財指定を受けています。本殿が北向きに建てられているのは武神の霊力を蝦夷の住む東北地方に及ぼすため。社殿の背後にある杉の巨木は樹齢1,200年と推定されるご神木です。
社殿は元和5(1619)年、徳川秀忠公より奉納されたもので、桃山期の極彩色が鮮やか。本殿・幣殿・拝殿・石の間のいずれもが国の重要文化財指定を受けています。本殿が北向きに建てられているのは武神の霊力を蝦夷の住む東北地方に及ぼすため。社殿の背後にある杉の巨木は樹齢1,200年と推定されるご神木です。

●奥宮
慶長10(1605)年、徳川家康公が奉納した本殿を元和の造営の際に引き遷したもので、需要文化財に指定されています。奥宮の前にある芭蕉の句碑の上部の穴は、耳を近けると「海の音」が聞こえるといわれています。
慶長10(1605)年、徳川家康公が奉納した本殿を元和の造営の際に引き遷したもので、需要文化財に指定されています。奥宮の前にある芭蕉の句碑の上部の穴は、耳を近けると「海の音」が聞こえるといわれています。

●御手洗
この池は、古くからみそぎの場・大人が入っても子供が入っても水面が胸の高さを超えないといわれ、これも”鹿島の七不思議”の一つとなっています。また、この水は“神水”としても知られており、容器持参で汲みにくる方が絶えません。公園も整備され、市民の憩いの場となっています。
この池は、古くからみそぎの場・大人が入っても子供が入っても水面が胸の高さを超えないといわれ、これも”鹿島の七不思議”の一つとなっています。また、この水は“神水”としても知られており、容器持参で汲みにくる方が絶えません。公園も整備され、市民の憩いの場となっています。

最後に塚原卜伝生誕の地である記念碑を見学、帰路に着きました。

※戦国時代の剣豪。卜伝流 (新当流) の始祖。鹿島神宮祠官卜部 (うらべ) 覚賢の次男。塚原安幹の養子。初め朝孝,のち高幹。通称,新右衛門。父に鹿島流,安幹に新道流を学び,鹿島神宮に参じて「一の太刀」を考案し,新当流を開いた。
