武田鉄矢 韓国人の実態!! なぜ日本人とこれほどまで違うのか?
武田哲也さんのラジオ番組なのですが・・・
23分もあります。お時間のない方は・・・最後がお勧め
19;40”あたりから・・・
フランスの哲学者「エマニュエル・レヴィナス」の言葉を、紹介されております。
エマニュエル・レヴィナスの言葉が印象深かったです。
エマニュエル・レヴィナスは、
「否定するのではなく、物事を考える時、(括弧)に、入れるという方法をとったらどうだろう。」
括弧に入れられたものは、いぜんとして、そこに在り在りと幻然しているのではあるが、にもかかわらず、その有効性を懐疑されているのである・・」
世界を経験しつつ、経験の仕方そのものを、反省しよう。
ここが、最大のポイント!!!
レヴィナスいわく・・・
「私が、ある対象を注視、じっと見つめている時その対象を、図として私の幻然に全景化させている地の部分、非主観的な地平は、さしあたり私の視野には入ってこない。」
「反省的な知覚の固有のそのような不能の様態を、レヴィナスは、「舞台」・「演出」と言う卓抜な奇異を示している。」
ぬ・・・日本語なのに・・・難しいwww
物事を見るときに、舞台と演出がある。
メディアが伝えているのは、舞台。
メディアが伝えている舞台! 舞台がある限り、演出家がいるんだ!
メディアが、何を伝えようとしているのか・・学ぼう。
エマニュエル・レヴィナスいわく
「知性とは、・・・」
「私は、○○を知っていると言う知的達成の累積ではなく、私は、何々については、不十分にしか知らないと言う不能の誤報を通じて練磨される。」
知らないと言うことを前提にして、知ろうと努力しよう。
注、誤字誤変換お許しください。゚゚゚゚゚-y(^。^)。o0○
http://youtu.be/BB39MBFHTPA
Todoいわく・・・
「視点を変える・・・というか・・・一応(括弧の中に留め)
自分は、知っている!
いや、知らないと言うことを、前提に・・・
マスメディアの報道を、深読みして・・・
誤報を通じて練磨された知識を・・・
私は、どうすりゃいいのだ?」
「そうだ!(括弧)の中に入れよう」