白鳥岳くんは、なぜ部屋を明け渡さなければならなかったか? | サウンド瞑想スタジオ”スタイル21”ブログ

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こんにちは。




ビジュアル&サウンドヒーリング「HRTスタジオ スタイル21」です。





■TVドラマ「風のガーデン」 が、今週木曜日に最終話を迎えます。



緒形拳さんの最後の作品で、




テーマが「人の最期の迎え方」ということで、




個人的に興味もあり、出来るだけ見るようにしていました。




毎回続けて観ていたわけではないのですが、




途中でとても気になるストーリーの展開がありました。





■また偶然にも、このドラマと並行して、




ティモシー・リアリーの「死をデザインする」 を読み進めていました。



この本は、サイケデリック・カルチャーのイコン的存在の彼が、




末期ガンであることを知った後、




自分の死に方をデザインしていくプロセスをまとめている本です。





ドラッグ・カルチャーや少々過激な論がちりばめられているので、




誰にでもオススメできる著書だとは思いませんが、




先入観を捨てて、出来れば一度は読んで欲しい書籍かなと思います。




というのは、ぶっ飛んだ内容の本質的な部分は、




「風のガーデン」で伝えようとしているテーマと同質であると思うからです。





■今回、この2つのメディアからの情報を整理していくと、




ブレインマシンの体験での本質が見えてくるというお話を、




連載でまとめてみたいと思います。



・・・うまく、オチがつくといいのだけど?!(笑)





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  「セットとセッティングについて」 



  1)「風のガーデン」



  白鳥岳くんは、なぜ部屋を明け渡さなければならなかったか?



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「風のガーデン」のストーリーについては、


オフィシャル・ホームページ をご覧ください。







■僕が、気になったストーリーは、以下の部分である。




緒形拳が演じる白鳥貞三は、大病院の名医だったが、今は訪問診療医として、




病室ではなく、自分の家で、最期を迎える手伝いを行っている。




訪問看護、在宅ホスピスの専門家という設定である。





そして勘当していた息子白鳥貞美(中井貴一)が末期ガンと知り、




和解した後に、彼が考えたことは、




息子の最期を、どこで、どのように迎えるかだった。




様々な人間模様がある中で、




彼が考えた手段は、それまでのドラマの展開から考えると、




少々強引に感じるような方法だった。





知的障害と抱えている孫の岳くんを親戚に預けて、




岳が使っていた部屋(かつての貞美の部屋)を




最期の場所にしようとするのである。




何も知らない岳は、オトナの理由で突然親戚に預けられ、




部屋を明け渡すことになる。




(もちろん岳が親戚に預けられるには、他の理由もあるのだが・・・)





■貞美が、子供時代に過ごした場所こそが、旅立ちに一番適している。




訪問診療のベテランである貞三が選んだ方法は、




それまで尊重していた孫の日常生活までも変更して、




「死ぬ場所」にこだわるということだった。





ドラマの中盤では、自宅の部屋で旅立つ人の場面がある。




意識がなくなりつつある中で、




香りの強い花々を部屋に運び込み、




家族と触れ合いながら旅立っていく・・・。




病院ではなく、自宅で死ぬということ。




「死にざま」という言葉が浮上してくる。





まだ最終話を見ていないので、




倉本聰氏が、最後をどのように展開しているのか分からないが、




「死ぬ場所」つまり「セッティング」を大切な一つの条件として




伝えようとしているのが分かる。





■この「セッティング(環境)」と




「セット(精神状態・心のありよう)」の重要性を、




60年代から説いていた人物が、ティモシー・リアリーである。




ただし当時の彼は、「死にざま」としてではなく、




サイケデリック・セッションの「環境」として説いていたのだが・・・。





そして、ティムが自分の最期を迎えるにあたって、




今度は「死にざま」として、セットとセッティングについて述べたのが、




最後の著書「死をデザインする」 である。





彼は、「死」を恐れるものでなく、




「究極の変性意識体験(トリップ体験)」と述べ、




「かっこよく死ぬため」に、セットとセッティングを準備し始める。



(つづく)