かわいそうに、情報弱者、情弱と呼ばれるのが最近の若者の指弾用語らしい。
昔だったら「オタク」とか、そのあたりに位置するコトバと言えるのかな。
ただ今や、情弱とよそ様を指弾しているタイプは当然、情報に深い造詣を持つ昔のオタクタイプ…ということになるのであれば、まさに栄枯盛衰ですなあと感傷にひたるところであるのだけど、どうも違うようだ。
どう違うのかというと、先日、Youtubeのコメント欄でちょっとした論争を目にしてしまったのだけど、サッカー日本代表の名前を知らないユーザーを情弱だとまくしたてている「情強」ユーザーがおりまして。
実に多弁でありながらも、内容と長さのバランスとちょっと不真面目さを入れるスパイスの良いコメントで、なるほどコイツは「情強」だと感じさせるものだった。
一方「情弱」さんは、言いたいことをツラツラ並べる長文で、言いたいことは分かるんだけど、まあ読みにくいかも知れない感じだった。
しかも情強さんは相手のサブスク動画から情弱さんを女性と見抜いたようだった。
ほうって置いたら相手のアカウントでログインしてしまうんではないかという情強さだ(ウソ)。
情強さんは言いました。
日本人でサッカー代表のAさんの名前を知らないのだとすれば、少数派だ。
少数派は黙って情報を得よ。情報を得てからあらためて発言せよ。
ってさあ、情強さんは、単なるメインストリームの人なんだよね。量産されている情報を得て多数派の席に落ち着いたつもりで相手を情弱だなんて指弾しているけど、果たしてどうかなあ。
片や情弱さんのチャンネルをのぞくとアニメ、お笑い、そしてクラシック音楽までサブスクリプトしている。おそらく、情強さんよりも方々に深い造詣を持っているんじゃないかなあ。
そして強弁している情強さんは…なんとフリートークに4年前から数月前までクレームコメントが10件ほどきてました。
メインストリームにおどらされる多数派と、そうではないサブカルチャーを支える少数派という構図は変わらないだなあ、という実感とともに、情報弱者という言葉が一人歩きした上に反対側へ回りこんでしまったことの皮肉に気がつく出来事でした。
おまけでさ。
コイツさあ、何にも動画あげてないの。サブスクとコメント用アカウント。使い分けこそ情強なの?違うでしょ、どうせコイツは自分のアップロード動画なんてろくに持ってないオーディエンス。自分で動画あげる人はよその動画のコメントで指弾なんてしませんて。
世の中ではオーディエンスこそが情報弱者なんだけどなあと僕は思うんですよね。