引っ越し | しあわせのいちにち

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引っ越しをすることになった。
遅かれ早かれするつもりではいたが、様々なタイミングを考えて、今になった。
当初候補にしていた駅周辺ではなかなか良い物件に出会えず、エリアをずらした。
すると、この駅案外いいのでは?と思い始めた。
肝心の物件だが、ギリストライクゾーン??みたいな微妙なラインのが数件。
そのうちの一つ、立地が気に入った。
子育てには申し分ないと思った。あとから聞いた話によると、保育園も世帯数に対して多めなんだとか。
割といいなと思って内見に行ってびっくり。
水回りが古い。
少なくとも今住んでいるところよりは確実にランクが下がる。
ユニットトイレ(と言うらしい)
2ハンドルの低い洗面台
独立していない壁付けキッチン
特にトイレにドン引き。テンション駄々下がり
これを理由に一度は断ったのだ。

が。
もやもやする。
立地が捨てられない。
あらゆる記事をネットで読んだ。
設備のために範囲外だった高層マンションも選択肢に入れるかと悩んでたどり着いた記事は、
高層マンションに子どもが住むことのデメリットの話だった。
もちろん観点によってはメリットもあると思う。
しかしその時はそのデメリット、そしてその記事の内容にズンと来た。
『高層マンションは大人の利便性を優先した住まいである』と。

高層マンションじゃなくても。
大人の利便性を優先して、子どもにとっての良い(と思われる)環境を捨てるのか。
その問いの答えは決まっていた。
私は数時間前に断ったにも関わらず、夫に撤回を申し出て、猛暑の中昼飯も食べさせずに契約に行ってもらったのだった。

だが、わたしの心は迷っていた。
無事に契約し、審査も通り、具体的な手続きの指示を待っている間。
何度も何度も考えた。
本当にこれでよかったのか、と。
あの古い水回り、今よりランクが下がる生活が耐えられるのかと。
自分の気になっていた所は何も解決していない。受け入れるしかない。
それがなかなかできずにいた。

周りの友達はきれいな新しいところで生活しているのに。
そんな中昭和を感じさせる洗面台で手を洗うのか。
いい年してユニットバスの延長みたいなトイレを毎日使うのか。
お客さん誰も呼べないんじゃない?
こんな部屋に住んで恥ずかしい。
私はもっときれいな部屋に住みたかった。
いや、きれいというか、せめて今の家のランクを維持したかった。

そんな思いがぐるぐるしていた。

だからお金で解決しようと思った。
めっちゃいいウォシュレット買って
洗面台の交換を交渉して
カウンター型の収納を買う。
当然、快諾してくれるだろうと思って夫に言った。
「いいけど、それじゃ家賃下がった意味ないから、なるべく出費は抑えよう」

想定外だった。
決して否定された訳ではない。
だが、大手をふって認めた訳ではないことが伝わった。

え、ここまで節約志向なの?
私、こんなに我慢してるのに?
私の願いは今回の物件で叶えられてないのに?

泣いた。文字通り泣いた。
せめてその出費をおおらかに認めてほしかった、と。
こんなに我慢してるのに、また節約考えなきゃいけないの?と。

沈黙の末、夫は、私がここまで水回りに対してもやもやしていることをわかっていなかったことを謝った。
でも、俺の気持ちも考えてほしかった、と。
あんなギリギリまで悩んだ挙げ句やっぱり契約すると言われバタバタと契約に行ってきたのに、契約も済んでここにきて『やっぱりきれいな部屋がよかった』と泣かれたら、ちょっとイラッとする。
ごもっともな話だった。
あの日は私の気持ちで完全に振り回してしまった。申し訳ないと思いながら、でも「いいよ」と猛暑のなか契約に行ってくれたのだ。
心から謝った。

夫は外に出た。
怒ってないけど外行ってきていい?と。
夫がこういうパターンで外に行くのは喧嘩?言い合い?のあと。
温厚な夫が怒っていた。
否、怒らせてしまった。
はい、というしかないじゃないか。

私も一人になって考えた。
その日、友人に引っ越しのことを話して、心を乱したこと。
もやもやしている、と伝えたら、やめた方がいいんじゃない?と。
友人は私の思いに寄り添った言葉を言った。
それがえらく心を揺さぶられた。
まだ不安定だった。
この引っ越しを快く伝えられる段階に来ていなかった。
それだけこの引っ越しを悩んでいた。
前向きに捉えられてなかった。
じゃあやめればいいのに。
でも、そうも思えなかった。
自分で自分がわからなかった。

子供を優先した引っ越し...と検索したら、何件かヒットした。
類似記事の中で、何を優先順位にするか、という内容のものに出会った。
優先順位は自分で決める。

人と比べることって、何の意味もない。
だって、人によって優先順位は違うから。

私は人と比べていた。
上を見て、自分の下加減を痛感し、恥ずかしく、悩んでいた。
でも、やめるに至れなかった。
それは私の優先順位が『子供』だったのだ。
子供のための住まいと思った時、ここなのだという直感が働いたのだ。
例えトイレや洗面台が古くても。
この環境でのびのびと育ってほしいという願いには敵わなかったのだ。

じゃあ、それでいいじゃないか。
人のきれいな住まいと比べて落ち込まなくていい。
そもそも比べる必要がない。
それでも私はここを選んだ。
一番大切な願いを叶えるために、ここを選んだ。
それで、いいじゃないか。
設備は自分次第でどうにかなるけど、街は変えられない。
だから、やっぱり、この選択でよかったんだと思う。
嬉しいことにこの点に関して夫も完全同意なのだ。
だったら、うちの選択は、優先順位は、やはりここなのだ。

とは言え人間なので、欲張りなので、またぐらつくこともあると思う。
どうも確定しない状態(引っ越し前)が苦手なようで。
そうなった時に、これまでの経緯と気づきに戻れるように、長々と記録した。
どうか明日以降のわたしの支えになりますように。

大丈夫だからな。
お前の選択は間違ってない。
誇りをもっていいんだ。