葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」と「死屍を食う男」 | alp-2020のブログ

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読書ノートその他
ギリシア哲学研究者の田中美知太郎は、その著書『ロゴスとイデア』に収められた論文を、”対話者の登場しない対話篇”として書いたという。私も、そんな風に書くことができればよいと思う。

葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」(1926)は日本の戦前期プロレタリア文学に分類される作品だが、怪異な幻想を描いた掌編としても味わえる作品である。実際、本作は『現代怪奇小説集』(中島河太郎、紀田順一郎編 立風書房 1988)に収録されたこともあり、プロレタリア文学としてよりも怪奇幻想小説として本作を味わう読者もいるのではないかと思う。

セメント工場で働く労働者が粉砕機に巻き込まれて死ぬ。粉々にされた労働者の死体はセメントといっしょに樽に詰め込まれ、原材料として各地の労働現場に運搬され、建設工事の材料に使われる。彼は今も、広壮なビルディングの壁や廊下になって、誰に知られることもなく眠っている。

葉山嘉樹はセメント会社に勤務したことがあり、工員の死亡事故に直面した経験も本作に影を落としていると思われるが、この小説のそもそもの着想は、マルクスの云う“死んだ労働(過去の労働)”から得たのではないかと思う。資本とは死んだ労働(過去の労働)の蓄積であり、生きている我々は死者(過去の労働である資本)に支配されているというのが、『資本論』全編を貫くテーマなのだと、的場昭弘氏は書いている(『超訳「資本論」』 祥伝社 2008年 p.38)。葉山嘉樹も『資本論』を読んでこのテーマを読み取り、「セメント樽の中の手紙」を書いたのではないだろうか。

 

その葉山嘉樹が、本格的な怪奇小説を書いたことがある。「死屍を食う男」(1927)と題せられたその作品は、『新青年』誌に掲載された。葉山がプロレタリア文学者であったことから、“死屍を食う男”とは資本家のことではないかと、読む前に誤解する読者もいるようだが、これは文字どおり、墓を掘り返して人間の死肉を食らう男の話である。

ある県の全寮制の県立中学(旧制中学)で、学校近くの湖で遊泳していた野球部のセコチャンが溺死する。「湖は、底もなく澄み亙った空を映して、魔の色を益々濃くし」、死んだセコチャンは「自分を呑み殺した湖の、蒼黒い湖面を見下す墓地に、永劫に眠」り、「白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた」。ひとりの寮生が夜な夜な寄宿舎を抜け出しては、墓地に忍び込み、セコチャンの墓をあばいてその死肉を食らう。それを目撃したもう一人の寮生は極度の恐怖から原因不明の病に罹り、若い命を散らしてしまう。

印象深い描写を散りばめた好短編なのだが、“セコチャン”とは何か。

戦前の旧制中学の野球部では、対外試合の出場選手として選抜された部員のことを“チャンピオン“と称していた。当時の野球部の学生たちは、この”チャンピオン“を略して”チャン“または”大チャン“と呼んでいた。そして第二選手として選抜された部員は”second champion“と称され、これを略して”セコチャン“と呼んでいたのである(中村哲也「近代日本の中高等教育と学生野球の自治」https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/18586/1/0200902501.pdf)。これは現代では死語であり、欄外注記を付すべきだろうと思う。

松谷みよ子『現代民話考[第二期]Ⅱ 学校 笑いと怪談 子供たちの銃後・学童疎開・学徒動員』(立風書房 1987)には、葉山の小説とほぼ同じ話がいくつか収録されている。松谷みよ子自身が話者となっているのは福井県の福井師範学校に語り継がれた話であり、その他に青森県、秋田県、山形県、福島県、岐阜県に類話が分布している。学校の寄宿舎で暮らす学生が夜中に墓地に忍び込み、墓をあばくというストーリーは葉山の小説と共通しているが、学生が食うのは死肉ではなく骨であり、食うというよりは骨を齧るのである。学生は結核を病んでおり、結核を治すために骨を齧るのだというもっともらしい説明がついている。

葉山嘉樹はどこかでこの「学校の怪談」を聞き、それを基にして「死屍を食う男」を書いたのか、あるいは葉山の小説の読者がその内容を実話めかして他人に語ったものが伝播したものなのか、私には判断がつかない。

 

※引用は、葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』角川書店 2008年による。