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おおた氏のアンリミテッド

限りない自由 限りない未来 可能性は無限大


 昨日ダンボールを整理していたらダンテスダイジの本を見つけた。
 ニルバーナのプロセスとテクニック。 それにクリシュナムルティが最大の覚者と書いていたが、果たしてそうなのだろうか?

 まあ、個人的にはやはりEOイズムが好きなのだが、ここら辺も信憑性はないしむしろEOイズム自体が批判している「本物選び」に翻弄しているだけになる。

 ダンテスダイジも覚者だが、そもそも覚者はその人自身の為にあるものであって・・・・



 「だいじょうぶだよ君は死ぬ」という優しい言葉をかけてくれたとしても、その死がくる保障などどこにもないのだ。
 魂の死、悟りというやつは、それを体現した者の物でしかなく、それを体現してしまえばもう全てが終わりだ。

  
 ここら辺を考え出すと、頭が病気になってくる。
 夜眠れないほどの不安感に襲われるのだ。
 生きている苦痛と、死ぬ苦痛、どちらが良いかと言えばやはり、生きている方が楽だと言えるのだろう。自殺とかに関してはその一瞬の覚悟は勇気がいるが、終わってしまえば生きるよりも遥かに楽だけどね。

 本当の意味で死ぬことは、生きることよりも遥かに難しいことなのだ。


 

 今日は俺の太陽が南中に達する時か。

 
 社会人になって、悩み?ってやつの質は大きく変わってきた。
 どのように生きていくかというのもあるが、その前に「生きていけるのだろうか?」という不安だ。

 いや、以前からそのことについては、多々と悩んできた。 だからこそ、これだけの知識を・経験を貪欲に求めることができたと言える。

 しかし、結果振り返ってみれば、結局は今生きているのは運が良かっただけなのかもしれない。何一つ、自分や周囲の意志に反映されず、運命のままに動かされているのかもしれない。

 だとすれば、自分が死ぬことすらも、運命にゆだねられてしまう。
 この先の幸・不幸もコントロールなんていうのはできない。

 むしろコントロールをしようとすることがナンセンスだ。端から人間にはコントロールできるだけの力なんて備わっていないのだから。

 
 暇つぶしのように人生を消化しようとしているのかもしれない。幸せになりたいのは山々だが、平凡な幸せが一番手に入りにくいものだ。
 
 苦しみは多々ある。
 だが・・・苦しみの無い人間は苦しみに気づかないまま、自分が苦しいと感じる。果たして俺もまたそうなのだろうか。

 昨晩はあまり眠れず、今日も朝が早かったため 日中は半分寝てしまっていた。 休みだったから良いのだが。

 浅い眠りにて、夢をこれでもかと言うくらい見た。
 現実と夢の区分だなんていうものは、それが連続しているかどうかという以外 ない。


 夢が理論性を持って継続したものだとすれば、それはもう立派な現実だと言える。


 

 火星の影響は強い。
 この土曜日にトランジットの火星が私の太陽を通過したのだが、数日遅れで今日は仕事も忙しく そして私自身もかなり活力的であった。
 
 プログレスの月が太陽とのオポジションを形成した時は、特に変わりがなかった。


 トランジット法も、わりと影響力があることが分かった一日だった。
 それを深く読み解くと、やはり色々な物事が分かるようだ。


 

 昨日は久々にランニングをした。 いつもは8kmをワンスパンとしているのだが、最近は4kmに減らしている。

 やはりまだ、ビギナーの域を抜け出していないとは思うのだが、靴がちゃんと自分の足にフィットしていない感じです。第二指の先端がタコ+爪が内出血という結果。
 どうも紐の締め方が悪いようだ。


 
 オーバーワークは体にはよくないです。毎日継続は無理しなくて良い。しかし、一応ランニングは有酸素運動なので、膝への負担が心配無いなら毎日走ってもよいとは思います。


 リラックスして走るには、上半身の弛緩も重要ではないかと思う。 肩甲骨のストレッチをするのとしていないのでは、また 肩甲骨の可動域を意識するのとしないのでは かなり結果に差が出た。疲労感もだいぶん変わってきた。


 
 今月末にまたレースに参加するのだが、気温と練習不足との戦いにはなるかなーー。