こちらの表紙は万愛が去年模写で作成したものです。
第二話 すれ違い

「はあ……最悪……」
いつものようにハーツラビュルの談話室でざわついて寛ぐ寮生達の一角に収まってケイトがため息をついた。

なるようになってから既に2ヶ月。
あの後、薬の切れたトレイは自分に平身低頭にあやまり。
拗ねてハブてた自分を必死に宥めた。

謝ったくせに、トレイは数日たたずに、また自分に馬乗りになってきて。
「もうしないって言ったじゃん!?」
と、猛抗議する自分に
「ゴメン……我慢できない……」
そう言って、前よりもっと淫らな愛撫を加えた。


それからは都度ごとに彼の腕に抱かれ。
あられもない声で泣き喚く羽目になっていた。 
でもそれは恋人の関係ではなく、ただ単にセックスフレンドというだけで。

トレイの最愛は常にリドルで。
公的な場で最優先されるのは、もちろんリドルで。

何かをするときにエスコートするのも、何かの用意を整えるのも。
全てはリドルを中心にトレイの世界は回っている。
多くの寮生も他寮の奴ですらも。
トレイが愛しているのはリドルだと信じて疑わない。

リドル自身すらも、それが当然だと思っているフシがある。


今もそうだ。
彼の為にお茶を淹れ。
彼の為にケーキを焼き。
リドルが移動する時には、当然のように手を差し出す。

まさに女王に付き随う騎士そのままの姿。
(そして最悪の中の最悪って、まさにこの事だよね……)

目端の利くほうの自分を、思わず恨めしげに思えるような事態。

トレイと、なるようになってから。
その後に気がついた。
リドルが時折、トレイを熱っぽい眼差しで見ていることを。

それはまさに恋する眼差しで。

トレイはそれに柔らかく微笑み返すから、大抵の奴は二人がそういう仲だと信じている。

カンのいい何人かこそは、自分にトレイと付き合ってるのかと問いかけてきたけれど。
そういうヤツのほうが少ない。

「はあ……」
思わずため息をつく。

「あれぇー?先輩、ため息とか珍しくないッスか?」
今度入学してきた一年生のエースが、すかさず声を掛けてくる。
後ろにはいつも一緒のデュースも居た。

「いやぁー?マジカメのいいネタないかなーって探してんの。ただ単にケーキ撮るとかさあ?平凡すぎるしぃ~?」
半分茶化すような軽い口調で答えたけれど。

視線の先にあるリドルとトレイの睦まじい様子は、内心を荒だたせるのに充分だった。

「あ、そ~だ!エースちゃんとデュースちゃん、ケーキの前に立ってよ?」
と、ニンマリ笑って言うと

「ええっ!!嫌ッスよ!先輩のマジカメフォロワー、半端ない数ナンスから!!俺、晒し者とか真っ平だわ!」
エースが彼らしくチャラい口調ながらドキッパリ断ってくる。

このエースは軽いタイプだが、ハッキリした性格で同級生からも人気者だ。
(リドルの後の寮長候補の一人だもんなぁ)

彼自身は、まだひよっこも良いところだが、彼の兄はかなり力を発揮した寮長で。
彼の兄の時代のハーツラビュルは何においてもトップガンを張っていたと言われている。

伝説の寮長の一人で、その兄に似ているから、上級生達の受けもいい。

「いいじゃ~ん。先輩の為に役立つのも後輩の仕事でしょー。」
そう言ってから軽くエースに抱きつく仕草をしてからかう。

「エーッ!!それパワパラー!!」
エースも軽いノリで返してきて、キャッキャとはしゃいで居たら突然

「談話室で騒がないように!!」
と、厳しい声がかかって、じゃれていたケイトとエースが声の方を見る。
トレイが酷く不機嫌な目でこちらを睨んでいて、エースが慌ててケイトから離れて、スイマセン!と頭を下げた。

ケイトは何となく謝るのが嫌で
「あー!失礼しましたね?行こ?エースちゃん?バラ園でお話ししよ?デュースちゃんも」
そう言ってサッサと踵を返した。

スタスタと出ていくケイトと、それを追うように出て行くエースとデュースを、トレイが険しい目で見送った。


そのトレイの視線をリドルが見つめていた。
(やっぱり……トレイは……)
新入生達が入る前に何となく気がついた。
トレイとケイトの微妙な空気。

多くの寮生は気がついてはなかったし、トレイ自身は自分を最優先にしてくれていたから。
だから、ここまでは何となく考えないようにして過ごしてきた。
けれど今、多分トレイは嫉妬した。


ケイトにじゃれ付いていたエースに。

リドルが視線を落とす。
(渡したくない……)

二人が付き合っているのなら、祝福するのが正しい友人のあるべき姿だとわかってはいても。

小さな頃から好きだったトレイを諦めることが、どうしても出来なかった。

息苦しい思い出ばかりの幼少期にあって、トレイとの想い出だけが宝物で。
兄がいたら、こんなだといいなと願うほど、トレイは理想的な優しい兄で。

それが変化したのは、例の事件の後だった。
自分の母親の寄付とネジ込みで半ば強引に寮長交代劇が起こり。

前寮長自身は納得して身を引いたものの。
一部の取り巻き生徒達は勿論納得なんかしてなくて。
そして、その取り巻き生徒達から拉致られて。
どこかもわからない小屋のような場所に連れ込まれた。

サバナクロー程ではないとはいえ、上級生達は大きくて。
流石に震えて身動きすらできずにいた。

「リドル!!」
突然、ドカッという破壊音と共にドアが蹴破られて、そして耳慣れた声がいつもと違うトーンで響いた。



地獄の底から響くような腹の座った声に一瞬怯んだ上級生達が、ドアのところに居るのがサバナの生徒とかではなく、トレイ一人だったので、強気で反発に転じた。

「は!?何かと思えば、新寮長様の腰巾着か!?お一人でとは恐れ入るよな!!」
「だよな!!こっちはこの人数いるんだぞ?とっとと尻尾巻いて帰りな!!」
鉄板なセリフを多勢に無勢の勢いで放った上級生に、一歩も怯まないままにトレイが掌を合わせてバキボキ鳴らした。

そのあまりにも喧嘩慣れした仕草に、上級生達が一発でビビり上がる。

「あまり手荒なことをするのは好きじゃないんだが……」



セリフ自体は穏やかなのに、ブチギレたトレイの眼光と低く唸るような声音で、何人かの上級生はすでに腰砕けて泡を食っていた。

「ふ、ふざけんな!!」

それでも一部の上級生は多勢の勢いでトレイに殴りかかったけれど。
最初に殴りかかった一人目がトレイに攻撃をあっさり躱され、あまつさえ返す手で綺麗な左フックを喰らって吹っ飛んだ事で、喧嘩などに慣れていないハーツラビュル生は全員が硬直した。

喰らった生徒そのものは泡を吹いてひっくり返っていて、トレイのパンチが相当の威力だったことを伺わせた。

恐らくはサバナの生徒とやり合ってもやれるだろう喧嘩の腕っぷしに、その場全員が制圧される。

「……で?まだやるのか?」
殴り倒した相手には一瞥もくれずにトレイが言った。

それでもまだ動こうとしなかった上級生達にトレイが最後通牒を出した。

「悪いが手加減はしてやれない。お前達はこの人数だからな?一撃で行かせてもらう……」
睨めつけるような視線のままに放たれた言葉に、上級生達が腰砕けながら悲鳴を上げて逃げ出した。

その場から人気が消えて、トレイがホッとしたようにいつもの顔に戻って。

「大丈夫か!?リドル!」
そう言って駆け寄ってきて、抱きしめてくれて。
すぐに自分を抱えて、その場から離れるように歩きだした。

抱きかかえられたまま、下からトレイの顔を見ていて。
そしてその顔に恋をした。

今まで見たことのなかった貌。

男っぽくて。
周り全てを威嚇するかのように尖った目は、トレイが今まで自分には一度も見せたことがない顔だったから。

だから恋をした。
それまでは優しい兄だったトレイが。
あの一瞬で自分を護ってくれる騎士に変わった。

けれど、ずっと幼馴染の殻から出ることができずにいた。
(でも…多分それじゃダメなんだ……)
少し前から感じていた危機感。

そして彼はケイトには特別な反応を見せる。
自分より深い関係性をふとした折に二人から感じた。

自分の中に渦巻いていくどす黒い感情で。
自分の恋心が気のせいじゃないと知った。
(どうにかしないと……)
リドルが誰にも気づかれないように視線を落とした。



ツカツカと部屋を出て行く後ろ姿を、トレイは無言のままに見送った。

言いようがない程にムカつく感情が腹に凝る。
(軽々しいだろ……)

今度入ってきた新入生のエースとデュースは何かにつけてケイトを頼る。
ケイト自身も二人に目をかけ構っているのは知っていた。

けれど、親し気にじゃれつくエースとケイトの実際の姿に、胃の奥に石でも詰め込まれたかのような感情が溜まった。

特にエースは都度ごとに、ああしてケイトとじゃれあっている。
(ケイトに惚れてるのか?……)
そんなはずはないと思いながら。
それでも気持ちよくはなかった。

だが。
自分とケイトは“付き合っている”訳ではない。
元は自分が手を出して。

そして嫌がるケイトに、体の関係を押し切ったというだけで。
自分とケイトの間には何の約束もない。
自分もケイトの体に溺れてはいても。
最優先がリドルなのは変わりがない。

だから嫉妬する権利はないんだと解っているのに。

トレイが一つだけ深くため息をついた。
それをグレーの瞳がじっと見つめる。





談話室を出て廊下をツカツカ歩いた。
「先輩!スンマセン!俺達……」
追いかけてきたエースが申し訳なさそうに声をかけてきた。

「あはは!気にしない気にしない!トレイ君てば、どっか虫の居所でも悪かったんじゃない?」
敢えて明るくケイトは答えた。

いつものチャラい喋り方は意図して作っている。
だからこういう時には便利だ。
自在に感情を隠せる。

「気にしなくていいからね?俺、用があるから、じゃまたあとでね?」
何時もの仕草で、手をひらひら振って歩き去る。

こんなに感情の荒れている時には、正直誰とも一緒に居たくはない。
これまでも、いつもそうしてきた。
チャラけて明るい先輩。
そんな仮面をずっと被ってきた。
多分これからも、そうして過ごしていく。


けれどこんな日は。

何もかも投げ出したいぐらい、やるせない日は。
一人になりたい。
(自分はリドルと、いつもそうして、いちゃついてるくせに……)
騒ぎこそはしないものの。

リドルとトレイの睦まじい様は、いつでもどこでも目の当たりにできる。
それを自分には見せる癖に。

(俺が後輩とじゃれるのは許せませんて?)
自分には何の約束も特別も、くれない癖に。
一番にすらなれない立場に追い込んでいる癖に。

なのに自分にだけ節制を求めてくるのが堪らなく不愉快だった。

(ああ、どうせ都合のいいセフレですよ!)
イライラしたまま人気のない場所を探すように歩いた。
そして寮の裏手の壁にもたれて深く息を吐いた。

(なんで……体の関係なんかになったんだろ……)
ただの友達でいればよかったと、今更後悔する。

リドルをどう足掻いても越えられないと、こんな風に突きつけられるぐらいなら。
こんなにも辛い思いをするのなら。

(友達のままで居りゃあよかったよ……)
ケイトがまた一つ深くため息をついた。




談話室の一件からは一週間がたった。
リドルはあれから悶々とした日々を過ごし。
自分だけが気付いているだろう、ケイトとトレイの秘密にじれていた。

トレイは自分といるときでも、ケイトがいると視線でケイトを追う。
誰と喋っているのか。
誰とじゃれているのか。
そしてそのスキンシップが、この間のように度を超すと、ハートの女王の法律のせいにして止めに入る。
副寮長としての仕事だというふりをして。

他の人間だとそれはしない。
ケイトにだけ、そういう独占欲を出している。
だから決心した。


自分の全部を使ってでもトレイを取り戻すとあの日に決めた。

トレイは自分を特別には思ってくれている。
多分好いてくれているとも思う。
だから。
だから自分の全部をトレイに捧げれば、トレイは自分のものになるとリドルは思った。

(今夜……)
それを今夜決行する。
昼の内にブラフは仕込んでおいた。

自分にいつも、ちょっかいをかけてくるフロイドのせいにして。


(本当はフロイドはアズールだけを好きなのは知ってるけど……)


いつも監督生や自分をからかって抱きついたり、キスしたりしようとして来るのは、決まってアズールの気配があるときだけで。

アズールが見ていないところでは、フロイドは全く誰にも興味を示してすらいない。

意識しているのは、何時でもアズールとジェイド、この二人だけで。

でもフロイドのその態度を、真に受けている生徒は多く居たから。
オクタヴィネルのフロイドは、ハーツラビュル寮長に懸想している。
そんな事を実しやかに囁く生徒は多く居るから。
だからそれを利用した。


フロイドが剥きになるように敢えて強く反発した。
トレイが割って入るしか無くなるように。
そしてワザとに気分が悪くなったふりをした。
(トレイは昔から僕の体調をすごく気にしているから……)


昔、エレメンタリーの頃に僕が同級生と喧嘩になった時も。
気分が悪くなってしまった僕を心配して、普段なら絶対に来ない僕の家にまでやって来た。

(だから多分来る……)
トレイが苦手として避けていた、自分の母親がいる家にまで来たトレイなのだ。
何の障壁もない、扉をいくつか隔てただけのここには容易にやってくるはずだ。
そうなるように、いつもよりぐったりして見せたのだから。

ここにも、トレイに抱えられて戻った。

今はトレイはハーツラビュルの生徒の監督のために食堂にいるはずだ。
夕食の後は寮生たちは決まって談話室でくつろぐ。
その時にトレイはここに来る。

(だからその時に)
天上を見つめたまま、まんじりともせずにドアが鳴るのを待った。
そしてコンコンという控えめなノックの音に心臓が飛び出るほど緊張した。

「だ、誰だい?お入り」

いつものようにそう言ってはみたものの。
多分声は少し上擦っていたと思う。
そして予想通りの人物が室内に入ってくる。
寮生たちは多分談話室で。

多分このエリアにいるのは自分達と、後は居ても数人程度で。


(……)
「ああ……トレイ……」
ワザとに弱弱しい声でトレイを枕元に呼び寄せる。

「ああ、リドル。大丈夫か?俺からオクタヴィネルのジェイドには抗議しておいたから。」
そう言ってトレイは、いつものように枕もとの椅子に腰かけた。

「好きな人ならまだしも、好きでもない人間に、ああいう風にされるのは堪えるね」
甘えるようにワザとに上目遣いでトレイを見つめながらそう言った。

「え……?」
トレイが予想通りに驚く。

「だ、誰か気になっている人間がいる、という事か?」
少し焦ったような声で重ねて聞いてくる。

「…………」
リドルは敢えてそれには返事をしなかった。
トレイが自分のことを神聖視していることに気が付いていて。
多分それを容認しないだろうと解っていて、敢えてトレイから見えないように顔をそらした。

それがトレイの焦りを加速すると解っていて。

「リドル?」
トレイが慌てたようにリドルの顔を覗き込む仕草を見せた。

リドルは間近にあるトレイの顔に、演技ではなくドキドキした。
ここまでのことは演技でも。

ここから先どうなるかなんて、当のリドルにも解ってはいなかった。

ただ、一か八かの賭けに出た。
勝てると信じて。

だから今リドルが見せている赤らんだ顔は、演技でも何でもなかった。
トレイが好きだから、だから自然に顔が紅潮した。


「…………」
トレイがそれにドキッとする。
(え?……)
小さいころから、実の弟達より気にして庇ってきたリドルが、誰かを想っているようなそぶりを見せたから、本気で心配して、トレイはリドルの顔を覗きこんだ。

けれどそこにあったのは。
自分を見て項まで真っ赤にして恥じらっているリドルの顔で。
それはまるで、好きなのは自分なのだと告白でもされたかのようで。

「り…リドル?…」
知らず自分の体が紅潮するのを感じて、トレイは内心では焦った。

(い、いやいや。早とちりするな……この後、誰か違う奴の名前を出されたりするに決まってる)
だが、そのトレイの予想は外れていて。
リドルは自分を潤んだ眼のままで、ただ見つめている。

(……え?嘘だろ?マジなのか?……)
好きだ嫌いだで言えば、確実に好きなリドルなのだ。
まさに姫のように、女王のように守り崇めてきた神聖なる幼馴染。
誰か他の奴に渡すなど考えるだけで、気が狂いそうになるほど慈しんできた存在。

そのリドルが今はっきりと、自分に秋波を送ってきた。

トレイの喉がゴクリと鳴った。
「リドル?……」
もう一度だけ確かめるようにトレイは問いかけた。
そのトレイにとどめを刺すようにリドルは動いた。

「トレイ……」
他のものなら違っても。
リドルならそれだけでよかった。

花の顔《かんばせ》。
トレイにとっての特別である立場。
ただ名を呼ぶそれだけでも。
ほんの少し隙を見せるだけでも。
それは他の者にはない意味を持っている。

そしてそれはトレイには抗いようがない誘いといえた。
それでも恐る恐るで。
トレイがそっとリドルの頬に触れる。

リドルはそれに逆らわず。
その大きな掌に、ほんの少しだけ自分の頬を摺り寄せた。

それはもう確定的なOKサインとなってトレイを飲み込んだ。
トレイが堰を切ったようにリドルに覆いかぶさって、そしてベッドにその体を押し付けた。
そうしてから、その赤くて小さな唇を貪るように啄んだ。

「トレ……」
形ばかりの抵抗を見せたリドルの細くて華奢な腕を強引に掴んで動けなくして。
そして何度も何度も深い口づけを繰り返す。
まるで熔かしたいかのように。



談話室にトレイの姿がないのを不思議に思ったケイトは、部屋に戻ったのかと思って自分達の部屋へと戻った。
カタン、とドア開けて入った部屋は暗いままで。

その時にザワリ、と背筋が粟立った。
漠然とした不安感。
けれど、どうすることもできなかった。

ただじっと、暗いままの部屋のベッドに座り込んだ。
昼間のトラブルの時に、ケイトもあの場所にいた。
明らかにトレイを頼り甘えたリドル。
そして今。
二人の姿は寮の公的な場所にはない。

(…………)
最悪の想像をすることなど児戯にも等しい事だった。
けど、どこかで信じたい気持ちはあった。

あれほど頻繁に肌を重ねている自分がいるのに。
そういう想い。
だから、まんじりともせずに待った。

どのぐらいの時間が経過したのか、ケイトにも解らなかった。
それぐらい動揺して。
けれど身動きすらできなかった。

カタン、という音でハッとして顔を上げた。
「どうしたんだ明かりも付けないで?」
いつもと変わらない調子でトレイが入ってくる。

「あ、ごめーん。マジカメに夢中になってたー」
軽くそう答えたけれど。

通り過ぎるトレイの体からその違和感は漂ってきた。

(薔薇の……)

背筋を何かが駆け降りる。

リドルのつけている“女王の香水”。
他の誰にもつけることを許されぬもの。
それが鼻の奥をかすめた。

ケイトが俯く。
動揺を悟られたくなかった。
「あ、俺……ちょっと今日熱っぽいから寝るね?」
俯いたままで声だけ明るく言ってから。
慌てたように、布団へともぐりこんだ。

トレイは
「ああ。無理するな……」
いつもの調子でそう答えた。
そうしてしばらくは勉強だの、副寮長の仕事だのをこなしているようだった。

自分の側の明かりは消されて。
トレイのデスクの灯だけの薄暗い室内で。
ただ固まって布団にくるまって。
ガンガンする頭を抱えて蹲っていた。


(……トレイは……リドルと……)
それは確信で。

そして多分、間違いなく事実で。
それはとりもなおさず、トレイにとっての自分は、ただの遊びなんだと示された格好だった。

何の約束もない自分。
一番ですらない自分。
でもそこから一歩も動けない自分。

(二股なら……俺が……浮気なんだよな……)
解りきっていても。
それでも今、心は張り裂けそうに痛かった。

(しっぺ返し……)
トレイに媚薬迄盛って。
そして、偽りの体だけの関係を結んで。
そして縋った。

(これが罰なのかな……)
ケイトが自分の毛布を引き寄せる。

背中越しにトレイが動きを止めて、こちらの様子を見たと解った。
多分、起こしたのかを気にしたのだと。
だからじっと動かずにいた。
とめどなく枕を濡らす雫は、止まらなかったけれど。


それから一か月は、ケイトは身動きできないままに、今まで通りの関係をトレイと続けた。

トレイは多分。
リドルとも定期的に逢瀬を重ねていると、ケイトは気づいていたけれど。

けれど、身動きを取ることができなかった。
そんな日々の中で事件は起きた。

いつものように軽音部に顔出しをしている時に、自分が忘れ物をしたと気が付いたケイトは薬学室にその忘れ物を取りに戻った。

ガチャっとドアを開けて部屋に入ったケイトは、トレイの背中に驚いて立ち止まった。
「トレイ君?」
最初トレイが一人だと思ってケイトは何気なく声をかけた。
そのトレイの体の向こうから、ちらりと赤い髪が見えて、ケイトが固まる。
トレイは慌てたようにぎょっとして振り向いて、そしてケイトが驚いた様子で目を見開いていたから慌てた。

「あ……ああ……ケイトどうした?」
何時にないほど上ずった声でトレイが答える。

「あ、ごめん。忘れ物」
ケイトはあえて普通の素振りで、自分が忘れていたノートを取って、さっさと踵を返した。

トレイは追いかけてすら来なかった。

その日の夜に自室に戻った時に初めて、トレイは言いにくそうに口を開いた。

「ケイト?……あの……昼間のことなんだが…誤解しないでくれよ?リドルの目に入ったごみを取っていただけなんだ」
とってつけたような言い訳に、腹が立たなかったと言えば嘘になるけれど。

ケイトには踏み出す勇気が持てなかった。
だから敢えていつも通りに軽く答えた。
「あ、そうなの?」
でもその声音は、ちょっと不機嫌になってしまって。
ケイト自身が焦った。
「本当だって……勘ぐるなよ……」
トレイが言いながら、後ろから抱いてくる。

(……こんなの最低だろ……こんな言い訳みたいなセックス……)
そう思うのに。
なのに。
それにでも縋りたい自分がいた。

トレイをなじる勇気すら持てない。
浮気するなと泣き喚く勇気もない。
二番煎じの自分。
ただ欲望を処理する相手の自分。
トレイが愛しているのはリドルで。

俺は永遠の二番手で。
でも目の前の男のくれる陶酔と愛撫に縋った。

❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇
文責 壱宮花郁
◆リブログなどをされる場合は事前にお知らせください。
◆本文について
©大塚あずる(壱宮花郁 kai ichinomiya) /大塚ブロス 
本文内文章の無断引用及び無断転載をお断りいたします。
◆イラストについては
©大塚万愛(藤木兎羽 towa fujiki) /大塚ブロス 禁無断転載
です。
◆記事内に引用されている説明画像は他のサイトよりお借りしているものも含まれます。
引用される場合は元サイトからお願いします。


✣‥ーーーーーーーー‥✣

ここからはバースデーデータを。
俺の本垢はリテラシーを上げた直後ですので、今回はこちらから参加いたしますね。
画像はゲーム内のスクショです。
ケイトダイヤモンド🌹
ツイステッドワンダーランド内のキャラクター。
ハーツラビュル寮の三年生。


ケイトダイヤモンドデータ。
彼は陽キャなのは間違いないものの。
影のあるキャラです。
本心はおおよそ見せていない。
俺達ブロスの中では、トレイと恋愛をします。
さて、恒例のパーソナルデータ。
面白いですね?誕生石占いなんですが当たらずとも遠からず?
バースデーキルトパターン。
面白いですね。
ケイトのイメージと合うものが以外にも多いですね。
ブロスの中では。
ケイトは常識的で協調性に富むいい人。
しかし他人に対してはかなり高い障壁がある人でパーソナルスペースはかなり対人距離を取るほうと言えます。
おおよそ彼の本心を見たことのある人はいないという設定。
恋愛においても深煎りするよりも傷つく前に離れようと考えてしまうタイプです。
実はこれ俺も同じ水瓶座なのでよく分かります。
基本みっともないことが嫌いなんですね。
先回りして失敗しないように考えることができちゃう器用さを持っていると思うのでついそちらに走ってしまう。
本心を見せていざこざしてしまうより適当に合わせてスルーした方が楽でいい。
水瓶座はわりとそういう考え方になりやすい。
俺も万愛も風の星座なので物事には、こだわらない方
万愛は双子座の典型。
非常に器用でほとんどのことはこなしてしまう。
しかし非常に飽きやすい。
万愛にとっては新しいことをやることよりも、同じことを繰り返すことの方が苦痛であり、困難だと彼女自身が俺に語ったことがあります。
俺はどちらかというと興味があったことを比較的長く続けるタイプです。
水瓶座であるケイトがどんな恋愛を展開するのかはお楽しみに。






大塚ブロス