ラニカイのブログ

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これからは

復習と忘備録を兼ねて

お料理教室や紅茶教室の事

まめに書くことにしました。


今回は先生が(ママ友)

紅茶インストラクターのお仲間と

現地視察に行った報告会でした。



コーヒー伊藤園のお茶百科より






先生も地図を指し示しながら

色々説明してくれました。





アッサム

北インドにある州で

中央をブラマプトラ川という大きな川が流れている。全長2,900キロで10キロ以上の川幅のところもあり、ガンジス川と合流してベンガル湾に合流している。

茶畑は標高50〜500mの平坦地で

年間降水量は

2,000〜3,000mm

土壌はPH4.5〜5.0と気象条件が

紅茶栽培に適している。

洪水対策として茶畑の溝が深くなっている。


アッサムの紅茶は水色が濃い茶褐色でこくが強いため、ミルクティーとして飲まれることが多い。

チャイ用として細かく丸まったCTC製法(Crush Tear Curl  つぶして、ひきさいて、丸める)で製茶されたものが多く出回っている。


露天のチャイ屋さん

たかーく鍋を上げて

空気をたくさん入れているそうです。




インド紅茶局から出されている

品質と信頼を守るロゴマーク。


インド北東部にあるアッサム地方は
絶滅危惧種になっている
インドサイの生息地であるため、
象徴としてロゴマークに入れたそうです。


お土産に

ぜひ買いたかったと言ってました(笑)






お料理もプロ級の先生

いつも美味しくいただいてますニコニコニコニコニコニコ




お土産のお菓子と

カヌレは先生手作り


このぺたんこで丸い物をあげると

ぷっくら丸い形になって

中に色々詰め物するそうです。



ちょうど動画がありました




さっき

半分以上書いていたのに

いちいち下書き登録しなかったら

影も形もなくなって

ガッカリして

気分転換に録画ドラマ見たら

なんと

日本のお茶工場の出てくるドラマでした笑い泣き笑い泣き




最近暇つぶしに

BSのサスペンス劇場録画して見てます。


あっ

今日見たのYouTubeにあった(笑)


昔のサスペンス劇場

面白い‼️

どうにか読み終えました


肝心の屋久島

最後の少しで

別に読まなくても良かったかなとネガティブネガティブネガティブ


主人公達の

自由奔放と言いましょうか

理解し難い生活をダラダラ読んだだけでした。


あの時代はそんな人も結構いたのでしょうかね。



林芙美子を調べると

         注意by wikipedia


初恋の人を追いかけて上京、しかし家柄の違いで先方の両親が結婚を反対し、婚約破棄される。


1924年(大正13年)(20歳)、親を残して再び上京[10]。この時代、たった一人で都会に出て来た地方出身者の金もコネもない女性が得られる職など知れていた[8]セルロイド人形に色塗りする工場での女工毛糸店売り子牛鍋屋カフェ女給など職を転々[3][8][14]、多くの職に就いて微々たる給金を得ながら最底辺の暮らしを生きる[8]。1日休めば宿を無くし、飢えと向き合わなければならない文字通りその日暮らし。マッチの燃え差しで眉を描き、木賃宿から出撃した[8]。へこたれることがあっても意気軒昂だった[8]。童話や詩を書いては出版社に売り歩き、徐々に文学社会へと近づいていく[3][10]

ダダイストアナーキストの巣窟になっていた本駒込の「南天堂書房」で出会い、意気投合した平林たい子は「芙美子は初恋に破れた痛苦を味わってから、男女関係が行き当たりばったりになった」と述べている[6]。反骨の精神に凝り固まった「南天堂」グループの人々は、愛欲のアナーキストでもあった[6]不倫を戒めるモラルなどないに等しく、カップルの組み合わせは変わり放題だった[6]。ここで壺井繁治岡本潤高橋新吉小野十三郎辻潤らを知る[2][10]。同棲しては別れることを繰り返した。


1950年(昭和25年)屋久島旅行に出たが、流行作家としての酷使に身体衰弱[2]

1951年(昭和26年)、6月27日の夜分、『主婦の友』の連載記事のため料亭を2軒回り、帰宅後に苦しみ、翌28日払暁心臓麻痺で急逝した。47歳没。死の数時間前まで取材をしていた[3]。過労が影響したとみられ、最後まで作家として駆け抜けた人生だった[3]

葬儀委員長は川端康成


生前、色紙などに好んで、

「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と書いていた。





去年の尾道の旅行の時に見た

文学碑





とても情熱的で

行動力のある女性だったのですね。




屋久島は
『月に35日雨が降る』

と言われている。


1ヶ月35日??☔️☔️☔️

なぜ35日!?




それは
林芙美子の小説『浮雲』から
来ているらしい


「1ヶ月 ほとんど雨ですな。
屋久島は月のうち、
35日は雨という位でございますからね…」



という事で

旅行に行く前にと

読み始めてます。





裏表紙のあらすじ(うらすじ)には

注意 「うらすじ」とは「文庫の裏表紙に載っているあらすじ紹介」のこと… だそうです。



第二次大戦下、義弟との不倫な関係を逃れ

仏印に渡ったゆき子は、農林研究所員富岡

と出会う。…


なんか〜


最初から

節操のない話が始まり

読む気が失せているし、

でも

肝心の『屋久島』が出てくるのは

最後の方だし…


そして

ど近眼で老眼で細かい字読みづらいし


旅行行く前に読み終えるかな悲しい悲しい悲しい