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ラニカイのブログ

★★★ 健康で楽しく暮らすために日々奮闘中! ★★★
 



近所の公園からの今朝の眺めです。

少し霞んでいるような…


迎春

なんとなく

新年の言葉の中で好きなのです。


春を迎える…


皆様に幸多き一年でありますように


馬鏡餅門松おせち絵馬



歩道上には

こんな印もあります。



こちらは

3日夕方の眺めです。

残念な事に

皆んなは凧揚げしに公園へ行ったのに

後片付けでお留守番していて

こんな綺麗なシルエット見れなかったのです。





門松元旦門松 近所の神社へお参り。


鏡餅2日は鎌倉へ


ロープで仕切られて

階段上がって振り返ったら…

ビックリ‼️👦👩👱‍♂️🧑‍🦳🧓👨‍🦳


前日も

この日も

1時間ほど並んだかな?

日差しがあると暖かかったので

それほど苦ではありませんでした。




おせち3日は恒例の新年会


婿さん一人風邪気味で

車送ってきて帰ってしまいましたが

賑やかに新年スタートできました事に感謝です。



ちびちゃん達も乾杯してます赤ワイン




前年に引き続き

去年も12月のお料理教室のお土産に

鎌倉屠蘇散いただいてきました。

娘達も車で来るので

お教室と同じノンアルワイン🍷で作りました。



今回は

この歳になって初めてお節を作ってみました。

*黒豆

*田作り

*たたきごぼう

*海老のうま煮

*りんごきんとん

*柚子釜(なますではなく柚子大根)

*酢れんこん


そして

お出汁もちゃんと取ってお雑煮

あんこもの好きな孫がいるのでお汁粉

娘が大好きな恒例海老の塩焼き

孫達が大好きなチキンバー


結婚以来(40年近くびっくり

実家や同居している義母の

お正月料理食べるだけだったので泣き笑い


義母も施設に入っているので

去年は夫婦2人分の小さいお節買ったので

(娘達はそれぞれ婿さんの実家で食べてくるから)



それにしてもおせち

お節ってお砂糖たくさん使うのですね。

黒豆と小豆も煮たから

普段砂糖あまり使わないから

消費量にビックリびっくりマーク




そして

今年は

日記を書く事を始めました。

友達が10年日記を書いている‼️

というのに感化され

じゃー私達も…と

とりあえず5年日記があったので




でも



早速

習慣づいていないので


ベッド入ってから


あっ‼️

忘れた‼️


家計簿も続いた事ないので

大丈夫かな?爆笑爆笑爆笑



がんばりまーす




またまた
ポチッとしました。

前回のは
まだまだ進んでいませんが…


かつて(23年位前から?)

10年ほどプロテインなどの

サプリ生活していて


周りには

筋肉付けるの?なんて言われ


いやいや

体の基本はタンパク質だから…と

今でこそ

プロテイン🟰筋肉 

だけではないと認知されてきましたが


でも

添加物のないサプリとかって

お高くて


そして

サプリ生活にピリオド打って

『人は食べたものでできている』

と言う名言を知って

体の事や

薬膳とかを

勉強し始めました。


薬膳料理教室行ったりして

日々の食事に取り入れたり


だから

NHKのドラマも楽しめました。




そして

今回ポチッとしたのは








こんな感じで

1日1ページで365日出てます。


ちょうど今日の

12月27日だったウインク


毎日読む楽しみ‼️

絵も可愛らしい照れ照れ


お陰で

今年医療費かかっていません。


悩みは

痩せない事えーんえーんえーん


太って

冷え性も頭痛持ちも治って

元気なんですけどねぇ〜










普段

どこ行きたい‼️と騒ぐのは

私だけなんですが爆笑爆笑


珍しくダンナさんが

行きたいところがあると言う


どこかと思えば

河口湖 飛行館


何故か8月のみ開館とあります



趣味がプラモデル造りで

自分で色つけたり

ジオラマみたいな物を作ったり本格的です。


娘には

メルカリで売れるんじゃない?

なんて言われてます。







男性陣

熱心に見入ってます。

結構若い男の子も来てます。









あってはならない物を見てしまった

…と言う気持ちでいっぱいでした。


そういえば

ヒデキもかつて

特攻隊員の役を映画で演じました。






          ★wikipediaより



こんな裏話があったのは知りませんでしたびっくりびっくり


『群青』を聞いて

ヒデキの出撃のシーンを思い出していましたが

違っていたのです‼️



ヒデキが出た特攻隊の映画と

谷村新司の『群青』がエンディングで流れる映画が

一緒だと暫く勘違いしてましたガーンガーンガーン












昭和十五年。考古学者本郷直樹は次男の真二が自分と同じく学問の道を志すことを喜んでいた。兄の英一は父の意に反して海軍少尉になっていた。一方、船大工の小田切武市は一人息子の正人が海軍兵学校に合格したので有頂点になっていた。十八年間海軍に勤めても下士官止りの武市は正人の将来は約束されたと信じて疑わなかった。一年が過ぎた。世界情勢は日毎に緊迫の色を強め、戦争の予感は現実のものになろうとしていた。昭和十六年十二月八日、早期和平を強調する山本五十六のもとで、連合艦隊は、ハワイ真珠湾に奇襲をかけた。次々と炎上する米海軍の戦艦群を、英一は興奮の面持ちで見つめていた。その頃、五年の歳月と建艦技術の粋を集めた空前総後の巨艦、大和が完成した。山本はアメリカに時間を与えず、早期和平に持ち込もうと、ミッドウェイ作戦に賭けた。しかし、作戦は失敗に終り、戦局は消耗戦へと展開していった。数々の戦闘を体験している英一は、死を覚悟し、婚約者の陽子と式を挙げたが、指一本触れずに戦場へもどった。やがて大学生の真二も召集され兵学校を卒業した正人も武市の意に反して零戦に乗る決意をしていた。日本軍は劣勢に回り、起死回生のレイテ作戦に出た。英一は戦場で真二と出会った。陽子への仕打ちをなじる真二に「陽子を頼む」と遺書を残して英一は大空に散った。英一の残したライフ・ジャケットのために沈む船から脱出した真二は、生きる喜びをあらためて知り、陽子と生きようと陸上勤務を志願するが、大和への転属を命ぜられる。死を目前にして真二は陽子を抱けなかった兄の気持を初めて理解した。陽子は逆だった。愛する人に抱かれたい。陽子は真二に激しく体をぶつけるのだった。同じ頃、正人は特攻を志願していた。武市は息子の出世に固執し兵学校へ行かせた己の浅薄さを呪い戦争の恐しさを痛感した。戦況は挽回の余地もない所まで来ていた。そしてついに、最後の切札、大和の沖縄への水上特攻が計画されるに至った。大和は出撃した。真二も正人もその中にいた。そして、陽子、武市、多くの肉親を残して、大和艦上の戦士たちはその命を沈めていった。
         ★キネマ旬報webより



今年は
戦後80年
昭和100年という節目で
戦争中の貴重な飛行機を見たり
広島を訪れたり
改めて
戦争の悲惨さを感じ
平和を願う夏でした。