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子育て支援は・・思い切って 1億円支給を・・

武田氏は子育て支援の一時金に異を唱えていますが、私はそう思いません。何故ならば 恐らく財源は税金になると思いますが、子育て支援によって損をするのは子育てをしない(つまり産まない)夫婦、結婚しないで独身で一生を通す人たちでしょう。国民全員が子育てをする(経験する)ならば、子育て支援はお金の貸し借りに過ぎず何の損得もないはず。つまり子育て支援は事実上 子どもを産まないカップルから子どもを産むカップルへのお金の徴収(搾取?)に他なりません。 保育園を作る資金こそ重要でその父母に現金を支給とは何事か・・と異論を言う人の気持ちは感情論としては理解できますが、よーく落ち着いて考えて見て下さい。現行の年金制度では 圧倒的に子どもを産まないカップルの方が得をするのです。↓の岩上安身氏の論を読むとよくわかります。


武田邦彦 (中部大学): 「子育て支援」をどう考えるか?
http://takedanet.com/2009/10/post_e73a.html
現代の日本は格差が広がり,景気ももう一つであることは確かである。しかし「子育て」のために,保育園などの公共の施設を作るのはともかく,夫婦に「一時金」を渡すというのはどういう論理から来ているのだろうか?

若いときは生活は厳しい.子供のミルクを買うために親が食事を減らすことはある.それこそ人間として最も大切なことではないか?

また,さらに踏み込んでみると,男女が機会均等で同じようなチャンスを持つことは大切で,そのためには子供の保育というのが最大の問題であることは十分,承知している。しかし,子供を保育園に預けることすら,親が最大限の努力をして育てなければならないという「子供の権利」を侵害しているように私には思える。


日本人が消滅する日 第3回
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/gray3.htm

子育てコストの「ただ乗り」を許す現行年金制度

  賦課方式の年金制度が、「世代間の不公正」をはらんでいるという批判は、マスメディアもしばしば取り上げている。しかし、子育てをしている世帯と、子育てをしていない世帯との間の格差については、ほとんど取り上げられることがない。
 しかし、この賦課方式には、子供をもたずにいる方が経済合理的にはプラスになるという致命的な欠陥がある。保険料さえ支払い続けていれば、子どもを育てるコストを負担しなくても、年金を受給できるからである。そのために自分では子育てのコストを負担せず、他人が産み育てた子供が支払う保険料で年金給付を受け取る「ただ乗り(フリーライダー)」の存在を許してしまう。賦課方式の年金制度は、少子化促進的であり、子育てコストのフリーライダー奨励的なシステムであると言っても過言ではない。
話をわかりやすくするために、年齢や生涯賃金などの条件がまったく同じ二組のカップルがいると仮定しよう。一方の夫婦は妻が子供を二人産み、子育て終了後にパートで働き、もう一方の夫婦はDINKSとして働き続けたとする。その場合、二つの世帯の収支の差額は、2億2千500円~2億4千500万円にもなる。ここから所得税の扶養控除等を差し引いたとしても、2億円以上の差は残るだろう。年金の受給額も、妻が基礎年金(月額6万7千17円)しか受け取れない子育て世帯より、夫婦二人とも厚生年金(標準世帯の平均月額36万7千円)を受給するDINKS世帯の方が上回り、引退後も差がつく。彼らが受給する年金の保険料を負担しているのは、一方の子育て世帯が育てた子供達であるにもかかわらず――。


このモデルケースで2億円も差が付くのですから、子育て支援としては、微々たる金額じゃなく、子ども1人あたり1億円を支給しても良いと私は思います。

皆様はどう思いますか。





今までの時代が偽物だったと思います。

今のままでは年金問題がヤバイ点を池田氏が分かり易くしてきしています。そういえば数年前の岩上安身のHPに興味深いものがあるのでそれもあわせて紹介します。
日本人が消滅する日

日本の年金が詐欺でありこのままでは破綻、終焉の時が来るのはもう大分昔から分っていたはずなのに昨今の年金行政の右往左往にはつくづく嫌気がします。そもそも政治の中心にいる人物はいつも高齢者ばかりで、将来を担う若者の意見が取り入れ難い仕組みにも問題があるかと思います。精々10~20年以内だけ何とか収まればあとは野となれ山となれ・・式の無責任な政治や経済の仕組みに胡坐をかいていた罪は重いはずです。

今後の日本は昭和の日本とは別の国だと割りきるくらいの認識が必要なのかも知れません。 「成長」と言う二文字は消え、「衰退」「停滞」が当たり前になる世の中が到来する。その時に私たちが持つべき考え方は今のうちに用意して置かなければならないはずです。今までの時代が嘘、虚構に満ち溢れたまやかしだった・・と気が付く事がまず最初かな・・と思いますが、皆様はどうでしょうか。



経済成長というゲームの終わり - 池田信夫
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/7d6a4547b19c2abe298aa7f8b18809b5

日本的経営を支える「和の精神」が美しい伝統だなどと称賛する向きもあるが、それは成長が永遠に続くという期待にもとづく長期的関係である。まもなく人生が終わり、これが最後のゲームだと知った老人が合理的行動をとるのは、GMを破綻に追い込んだアメリカ人と変わらない。企業がつぶれようが国家財政が破綻しようが、そのとき自分は死んでいるのだから。これがバラマキ財政の止まらない原因でもある。

こうした老人の合理的行動に対抗するには、企業の場合には破綻処理して年金債務を清算するしかない。公的年金の場合も、現在の賦課方式の年金制度が行き詰まるのは時間の問題なので、どこかで清算して積立方式に移行するしかない。この移行は非常に大きな所得移転をともなうので、政治的には困難だが、先送りすればするほど問題は大きくなる。「日本型福祉システム」という繰り返しゲームにも、終わりの時が近づいているのである。


日本人が消滅する日 第5回
http://www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/gray5.htm
約30年前、人口増加による過剰人口問題がクローズアップされた際、サブカルチャーは敏感に反応した。たとえばマンガ家の永井豪は「赤いチャンチャンコ」という短編を発表している。子供や孫に囲まれて幸せに暮らしている初老の男性が、還暦を迎えた日の朝。枕元にどす黒いチャンチャンコが置かれていることに気づき、逃げ出そうとするが、家族につかまってしまう。無理矢理そのチャンチャンコを着せられ、町内の「お祝い」の場に引きずりだされて、男は焼き殺される。チャンチャンコには、ガソリンが染み込まされていたのだ。エンディングのコマには、こう記されている。
 「人口増加、老人対策のゆきづまり、食糧事情の悪化に追いつめられた政府は、60歳停命を立法化した。黒いチャンチャンコが、赤い炎を発するとき! ひとつの人生がおわりをつげる」
マンガに描かれたような、わかりやすい「積極的清算主義」政策を政府がとることは現実にはありえない。だが、「不作為」による「消極的清算主義」政策をとることがないとはいえない。少子化対策を怠り、硬直した予算配分のまま、赤字国債を乱発して、採算を度外視した公共事業を続け、財政が破綻するまで構造改革を先送りする。それだけでいい。ひとつだけ、年金の物価スライド制だけは廃止する。これだけやっておけば十分である。いずれ国債は暴落し、長期金利は暴騰し、ハイパーインフレに見舞われ、政府の債務はチャラになる。他方、国民の預貯金は紙クズとなり、年金は雀の涙ほどしか出ない。年金と預貯金だけが頼りの高齢者の生計は成り立たなくなる。そうなれば黙っていても、抵抗もできず、自活する力もない後期高齢者から順に息をひきとっていく。
空想上の話ではない。90年代にロシアで起こったことは、そういう事態だった。ソ連崩壊後、ハイパーインフレに見舞われたロシアでは、年金や医療制度の崩壊だけでなく、アル中の増加や犯罪の激増など、社会的荒廃も手伝い、男性の平均寿命は「平時」であるにもかかわらず、一気に7年も縮まった。2000年時点で、58・9歳。多くの男達が、年金受給年齢に達する前に、この世を去ってゆく。89年から94年にかけて、取材のためにロシアをたびたび訪れた私は、老人達の悲痛な叫びを、幾度となく耳にした。
 「エリツィン政権の政策は、年金生活者に対するジェノサイド(虐殺)だ!」
 日本政府が、このまま問題の先送りを続けていけば、日本は90年代以降のロシアがたどった道を追うことになる。不作為であれ、ジェノサイドはジェノサイドである。その罪は万死に値する。





インフルエンザ対策にサージカルマスク

麻薬ごときで・・ノリピーを苛めるなぁ~

連日の酒井法子氏の報道も・・ようやく一息ついたところでしょうか、たかが麻薬ごときで大騒ぎするマスコミにちょっとウンザリしてしましたし、今回の報道の結果 恐らく今まで麻薬って・・何?と知らない人にまで麻薬の魅力をPRしてしまったような気がします。騒げば騒ぐほど、麻薬の宣伝をする結果になる気がするのは私だけでしょうか。

さて 武田氏のHPを見て見ましょう・・。


武田邦彦 (中部大学): タバコを考える パート6  酒井法子さんのこと
http://takedanet.com/2009/09/post_a286.html

このHPの記事によると武田氏は 今回の酒井法子の事件について4つの日本の暗部の照らし出しを語っています。

1.現代人の心の中に潜むゆがみ・・・つまりストレス
2.社会に直接的な害がないものを厳しく禁止するとアウトローの資金源になるという実例を示した.アメリカの禁酒法がそうであったように,規制は反動を呼ぶ.
3. 酒井法子さんの場合は,「法」を通り越して「リンチ」である.

面白いのは4番目ですが・・

そして最後に,つい1年ほど前,最高裁判所は酒井法子さんが出演する「薬物追放映画」を作った.

このことは小さいことではあるが,日本の司法がいかにだらしない状態にあるか,それは足利事件の誤審だけに見られるものではないことを示している.

最高裁判所は「正しいか間違っているか」についての最終的な判断をくだすところである。従って,そこには形式的にせよ,正しい判断が求められる。

今回のことで責任者が,どのような経緯で彼女が出演することになったのか,ことの次第をつまびらかに社会に明らかにし,謝罪し,そして再発防止を提言しなければならない.


薬物追放映画に酒井法子さんが出演する・・等というのは何か裏があるような気がしてとても面白い。恐らく何処の誰が麻薬に手を染めているのかご存知なのでしょう、それを承知の上で彼女を出演させているように思えます。
さて・・
武田氏は 喫煙の習慣を擁護しているためか、やはり麻薬に対しても厳しくない見方をします。この点については若干疑問が残りますが、彼のこの発言は私も同感です。
酒井法子さんはすでに社会から,本来彼女が受けるべき罰よりはるかに大きな罰を受けた.

また彼女に対する社会の反応と行動の方が,彼女が行った行動よりはるかに罪深い.

従って,社会は彼女を裁くことができない.これは「薬物がよいか,悪いか」という問題では無く,パンを盗んだ盗人を20年間,監獄にいれるようなものだ.


死刑制度と似ていると思いました。薬物が良いか悪いかと言う判断ではなく、最初から重罪扱いでとてつもなく思い刑罰を処すやり方はかなり私は違和感を覚えました。そして連日のように報道するハゲタカマスコミにもウンザリです。



この際,よく考えて,彼女に無罪判決を出し,「社会からリンチを排すること」と「憲法を守ること」を社会が決意した方が良いだろう.マスメディアの報道姿勢は一考の余地があると思う。



「無罪判決」・・これは極端かもしれませんが、その罪は重くし無い方が良いと思います。タバコも麻薬も似たようなものなので、本気で麻薬を止めようそつするならば当然 タバコも禁止し、所持しているだけで罪扱いにするべきでしょう。喫煙が合法化されている国では麻薬の所持、使用程度で罪にするのはやり過ぎだと思います。

==追記==

関連する 掲示板
「覚せい剤」を使用するのがナゼ?悪い(犯罪)か教えて下さい。


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超 有名(?)な 3大ブログ・・。(継続は見習うべきカナ)

最近 忙しくてブログの更新が滞り気味の私です。
ところで・・毎日更新している 面白い(つまらない)有名なブログがあるみたいです。


日本の3大ブログ


私は毎日(のように)自動販売機の写真を撮っています。ごめなんさい。
http://jihan.sblo.jp/


おやすみ君日記4.0
http://ameblo.jp/oyasumi210/


涼風真世ブログ「Well Come to MAYO」
http://mayosuzu.exblog.jp/

まったく効果が無い署名活動・・ 

六ヶ所村の再処理工場の本格稼動阻止に向けて現在署名活動が盛んに行われていますが、この署名活動には致命的な欠点があり、いくら数を集めてもそれほどの効力を持たない可能性があります。

先ずはこの署名の文面をご覧下さい。


http://homepage3.nifty.com/gatayann/090522sig.pdf

六ヶ所核燃料再処理工場は、2006 年3 月からアクティブ試験が始まり、海や空に放
射性物質を放出しています。2009 年中に予定されている本格稼働になれば、「海に放出される放射性物質は1 年間で原子力発電所の180 倍」(2009.3 政府答弁) という大量の放射性物質を40 年間にわたって環境中に放出し続けることになります。
また、再処理工場には既に240 ㎥ の高レベル放射性廃液が溜まっています。この高レベル廃液は、人間が近づけば数秒で死んでしまうほど危険なもので、発生する水素ガスを抜き、絶えず冷やさなければ沸騰し爆発する恐れもあります。2009 年1 月には、この高レベル廃液が建屋内に150 リットルも漏れる事故が起きましたが、工場では2週間も気づかずにいました。原子力安全・保安院はこの事態を重視、4 月になって事業者・日本原燃に保安規定違反にあたる5 項目の原因究明と再発防止を指示しています。
これらに加えて2008 年5 月には、複数の変動地形学者が「工場直下に活断層があり、M 8 規模の地震が起きる可能性がある」と学会で指摘しています。高レベル放射性廃液の漏えいとともに、地震による冷却用電源の喪失や使用済み核燃料貯蔵プールの冷水漏失などが、取り返しのつかない巨大事故の引き金になりかねません。このように重大な問題が山積していることから、私たちがこの地で安心して生活し、
生き続けていけるよう次のことを求めます。
....


この文面を読めば分りますが、訳のわからない専門家が出てきて、訳のわからない理由で反論して「安全だ」といえば、この署名の効力はなくなります。 専門家による調査、分析の結果絶体に安全です、ご安心下さい・・と言われるだけで何ら効力を失いかねない署名です。このような署名ではどんなに数を集めても効果はありません。

私たちの身の回りには様々な危険な物質が満ち溢れ、ある程度のリスクを受け入れてそれなりの利益を享受する仕組みになっています。自動車の排気ガスに食品添加物、耐震性に疑問のある高層建築・・様々な危険がありますが、それに見合うだけの利益があるからこそその存続が許されています。六ヶ所村の場合も危険だからダメという理屈だけ並べても、それに見合うだけの利益がある・・と説き伏せられて終わってしまいます。

危険だから止めなさい・・と主張するのであれば、 健康に悪いからタバコや飲酒を止めてみては如何か..と言われてそう従うであろうか。

この署名で主張しているポイントが「害があるからNG」との論理で展開しているので、どう考えてもこの署名で何かが解決すろとは思えません。戦争が無くならないのと同様に再処理工場の本格稼動も止められないと思います。

実際のところ・・ 六ヶ所村の再処理工場が本格稼動しても 40年間で死亡する人数は タバコが原因で死亡する人数と比べれば微々たるもの。人命云々、環境云々を主張しても説得力がゼロであることに気がつかなければなりません。


では、どうすれば いいのか・・それは 理由を延べずに 単に嫌だからNG・・とすればいいのです。

誰も本格稼動に賛成していない・・と言う点と、この問題が国民で広く議論されていない点に絞って主張するのが賢明だと私は思います。害があるからNG・・という方式では タバコよりも害が少ないからま、良いか・・と妥協する人も多いことでしょう。嫌ならば金で補償する・・と言う考え方が暗黙の認識であり、このような主張をすればするほど、「金が欲しいのか?」と思われてしまいかねません。

害があるとか、危険だからと言う理由ではなく、この問題を国民広く考えるべき問題として扱い、現時点で認識度が足りない状況だから本格稼動はするべきでは無いと主張するべきでしょう・・。そして出来れば東北地方じゃなく、関東・大都市で盛んになって欲しいと思います。






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